機関誌『水の文化』52号
食物保存の水抜き加減

保存性を高める水分調整
――食べものにおける水の役割とは?

人体の60%が水分であるのと同じように、私たちが口にする肉や魚、野菜も水とは不可分な関係だ。ここでは「水分と食べもの」の関係について切り込みたい。食材を常温で長期間保存できる食べものとするには、水を抜く、つまり「水分調整」がカギとなる。調理学のスペシャリストである畑江敬子さんに、食べものにおける水分の重要性を語っていただいた。

畑江 敬子さん

お茶の水女子大学 名誉教授
畑江 敬子(はたえ けいこ)さん

1941年生まれ。お茶の水女子大学家政学部卒業。同大学大学院家政学研究科修士課程修了。理学博士。専門分野は調理学。お茶の水女子大学家政学部教授、和洋女子大学家政学部教授などを経て、2012年4月から2016年1月まで昭和学院短期大学 学長。2006年から2012年まで内閣府食品安全委員会の委員を務めた。著書に『さしみの科学―おいしさのひみつ』(成山堂書店 2005)など。

食べものに関する水分の果たす役割

私たちが日々口にする食べもののなかで、水分を含まない(必要としない)ものはまずないでしょう。一見水分のなさそうなお菓子のポテトチップスやピーナツにも、食品成分表(注1)を見ると少量ながらも水分は含まれています。食品における水分の果たす役割を考えてみると、水がとても重要な役割を担っていることがわかります。調理でも同様です。

まず、食品に付いた不要物を落とすために水で洗いますね。それから、水のなかで煮て食品を軟らかくします。だしをとる、あくを取り除くといった成分抽出の役割もあります。寒天や干し椎茸などの乾物も、水がないともどせません。ことに椎茸のうまみ成分であるグアニル酸は、水でもどしたり煮たりしている間に酵素が働いてできるため、水がないとダメです。

味つけにも水はかかわっています。食品に塩を振っても、塩が食品中に直接入るわけではなく、野菜や魚などの細胞から出る水に溶けて染みこむことで味がつくのです。

そして、「食品の形を保つ」という意味でも、水は重要な役目を果たしています。卵で考えてみましょう。ゆで卵は卵100%の固形物ですが、卵を少し薄めるとオムレツに、もっと薄めるとたまご豆腐に、さらに薄めるとプリンや茶碗蒸しになります。

また、食品に含まれる水分量の差は、味覚にも影響します。例えば、練り羊かんと水羊かん。砂糖の割合は練り羊かんが約60%で水羊かんは30%以下ですが、どちらも甘みがちょうどよいと感じます。味覚は、舌にある味蕾(みらい)(注2)という器官に、水や唾液に溶けて味を感じさせる呈味物質(ていみぶっしつ)がぶつかることで感じられるものです。水分が多く流動性が高いものの方が味蕾にフィットするので、水羊かんは糖分30%以下でも甘いと感じるのです。

このように、普段はあまり意識しないものの、食べものに対して水の果たす役割は大きいのです。

(注1)食品成分表
正式名称は「日本食品標準成分表」。文部科学省科学技術・学術審議会資源調査分科会が調査して公表している日常的な食品の成分に関するデータのこと。
(注2)味蕾
舌乳頭中に多数存在する味覚受容器。花のつぼみのような構造をしている。味細胞とこれを支持する細胞、基底細胞から成り、味細胞が味覚刺激を受容する。

「水分活性」を下げると保存性が高まる

一方で、食品中の水分が多いと微生物が繁殖して、短期間で傷みやすくなります。そのため、水分を抜き、日もちをよくしたものが昔から食べられている「保存食」です。

食料が乏しく冷蔵庫もなかった時代、常温で長期保存したい、と必要に迫られてつくったのが保存食の始まりです。常温保存を可能にするには「水分調整」が重要です。

食品に含まれる水にはたんぱく質や糖質と強く結合して離れない「結合水」と、束縛されずに自由に動くことができる「自由水」の二つがあります。微生物が利用できるのは自由水だけですので、食品の水分量や保存性は自由水に注目して考えます。自由水が食品に占める割合を示した指標が「水分活性」です。水分活性はAw(Water activity)で表しますが、1.00がもっとも自由水が多い状態で、数値が小さくなるにつれ腐敗しにくくなります。水分活性の高い食品は鮮魚や肉類、野菜、果物類などで、水分活性はAw1.00〜0.95と、微生物が繁殖しやすい。つまり傷みやすいのです。逆に水分活性が低いほど微生物は繁殖しにくくなり、保存性が高まります。Aw0.70以下になると微生物はほとんど繁殖できません。

干す、煙でいぶすだけでなく、食品に塩や砂糖を少量加えても腐敗しにくくなります。これは、塩や砂糖が自由水と結びつき自由水の割合が小さくなる(水分活性が下がる)から。干物や昆布などの乾物、漬物、佃煮、そのほか加工食品など昔から伝わる食べものは人為的に自由水を減らし、水分活性を低下させるので保存性が高いのです。

水分活性Aw 食品の例

自由水が多い
1.00〜0.95 新鮮肉、果実、野菜、シロップ漬けの缶詰果実、調理したソーセージ、バター、低食塩ベーコン
0.95〜0.90 プロセスチーズ、パン類、生ハム、ドライソーセージ、高食塩ベーコン、濃縮オレンジジュース
水分活性が0.7より小さくなると、微生物はほとんど増殖しない 0.90〜0.80 チェダーチーズ、ドライソーセージ、加糖練乳、フルーツケーキ
0.80〜0.70 糖蜜、高濃度の塩蔵魚、ジャム、マーマレード
0.70〜0.60 パルメザンチーズ、乾燥果実、コーンシロップ、小麦粉、米などの穀類、豆類
0.60〜0.50 チョコレート、蜂蜜
0.4 乾燥卵、ココア
自由水が少ない
0.3 乾燥ポテトフレーク、ポテトチップス、ビスケット、クラッカー、ケーキミックス、緑茶、インスタントコーヒー
0.2 粉乳、乾燥野菜

水分活性と食品例
出典:畑江敬子さんの提供資料をもとに編集部で作成

たんぱく質分子の結合水と自由水の模式図


たんぱく質分子の結合水と自由水の模式図
結合水AとBは、結びつきの強弱を問わず微生物に利用されにくい。それに対して自由水Cは微生物に利用されやすい。 出典:畑江敬子さんの提供資料をもとに編集部で作成

保存のための加工が「うまみ」を増す

水分(自由水)の減らし方にも、知恵と工夫が施されてきました。干物は日中に広げて干し、表面が乾いたら夜は重ねて寝かせます。水分は均一になろうと乾いた方へ移動するので、干物を重ねることで、内部に残っている水分が表面に移動します。翌日に再び広げて干し、表面から乾かす。つまり水分の移動を促して水分の均一化をはかり、表面だけが乾燥しすぎないように工夫しています。

保存食の興味深いところは、こうした加工段階でうまみが増し、よりおいしく生まれ変わることです。これは酵素の働きで、もとの状態にはなかったうまみ成分が生成されるため。酵素反応は細胞が壊されることで起こります。椎茸のグアニル酸もそうですが、干物は干す間に水分が抜け、細胞がダメージを受けることで酵素が働き、うまみ成分であるイノシン酸が増えるのです。

私は過去にスルメイカで「生」と「天日乾燥(天日干し)」と機械による「温風乾燥」を比較研究したことがあります。生の状態と比べると、天日乾燥も温風乾燥もおいしくなることがわかりました。乾燥したもので官能評価を行なったところ、温風乾燥よりも天日干しの方がおいしくなる結果になりました。天日干しは、温風乾燥よりもコクやまろやかさのもとになる遊離アミノ酸の増加率が高くなり、うまみがより増すのです。


スルメの味の比較(天日干しと温風乾燥の官能評価)
温風乾燥のイカを「0」とした場合の、天日干しのイカ(●)との比較。スルメイカを用いて1〜6℃の天日乾燥および32℃の温風乾燥によってスルメを製造した。官能評価の結果、天日乾燥によるスルメの方が温風乾燥よりも甘みとうまみが強かった。
出典:「天日乾燥あるいは温風乾燥によって調整されたスルメエキスの呈味成分の変化」(報告者は小西史子、香西みどり、畑江敬子の各氏)『日本家政学会誌Vol.53 No.1(2002)』をもとに編集部で作成

今後も受け継ぐべき日本の伝統的保存食

保存食が現代まで続いているのは、先人の知恵と工夫が親から子へ伝わってきたからです。縄文時代の貝塚からフグの骨が出てきます。昔の人はフグを繰り返し食べて試したのでしょう。そうした試行錯誤の結果、安全に食べる方法が現代に残っているのです。

豆や切り干し大根など多くの保存食があるなかで、調理の仕方を知らないと食べる機会はどうしても減るでしょう。けれど、多くの栄養素を効率よく摂るという面から考えても、日本の伝統的な保存食は今後も残していくべきだと思います。そもそも、日本人の主食である「米」は水分15%ほど。普段意識しませんが、私たちに一番身近な米こそ保存可能な食べものなのだということも忘れないでください。

(2015年12月4日取材)

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