機関誌『水の文化』54号
和船が運んだ文化

ひとしずく
ひとしずく(巻頭エッセイ)

旅先で水を失ったとき

ひとしずく

作家
椎名 誠さん

1944年(昭和19)東京生まれ。流通業界誌編集長を経て、1979年(昭和54)から小説、エッセイ、ルポなどの作家活動へ。『さらば国分寺書店のオババ』でデビュー。『アド・バード』(日本SF大賞)などのSF作品、『わしらは怪しい探検隊』シリーズなどの紀行エッセイ、『岳物語』をはじめとする私小説など著書多数。

ずいぶん沢山の旅をした。途上国などはめったに橋などつくれないので川があると船を利用するしかない。二十分ぐらいで向こう岸に渡れてしまうところなどは渡し船ほど立派なものは使わず、両岸にワイヤーを渡し人々はハシケのようなものに乗ってエンジンが回転してワイヤーをひっぱって往復する、というのどかなものもあった。そのときに乗船客の一人が自分の荷物から竹筒をとりだし一端に作ってある単純な呑みくちから水らしきものを飲んでいるのを見て感心した。ぼくは常に水筒を持って旅していたが地元の人もそうやって常に自分の水を携帯しているのだ。あとで聞いて知ったが、そのハシケはときおりワイヤーから外れて川下に流されることがあるという。

まあちょっとした漂流である。まだ携帯電話などなかった時代なので途上国は、そういうゆるやかな流れでも救助の船がなかなかこないらしい。川の水は泥が多く飲料には適していなかったので、ちゃんと身を守る準備はみなしているのだな、と感心した。

外国のちょっとした島に日帰りで行ったとき、夕方の帰りの船が二便ある。ぼくは夕陽の写真を撮りたかったのであとのほうにしたのだが、その二便目がなかなかこない。南の島は珊瑚礁の切れ目から入ってくるルートしかないのだが、暗くなってしまうともう無理である。島の人は慣れているらしく二便に乗れなかった人も案外平気で臨時の一泊準備をしている。

ぼくはポートモレスビーという母島の港にかえって夕方には冷たいビールを飲むのを楽しみにしていたが、それは虚しい夢と消えた。おいてけぼりである。島にお店はない。

仲間の一人が水の入ったガロン缶を持ってかえってしまったのでぼくはおいてけぼりにされた焦りもあって喉が乾いてる。乏しいコミュニケーションで水を飲めるところを聞いたら、相手は理解し、天空を指さしている。最初は「雨をまて」と言っているのかと思ったが空は星だらけだ。気持ちはさらに焦った。まもなくその若者は少し傾斜のある椰子の木にスルスル登り、大きな椰子の実を三個ほど落としてくれた。

ブッシュナイフで飲みくちを作ってくれてすぐにそれにかぶりついたが、いやはやうまかった。珊瑚礁の隆起でできている南洋の島にはまず淡水の湧き水などない。

次に離れ島にいくときは予定より多めに水を携帯していくようになった。

オーストラリアの四十五度ぐらいになる先住民族のブッシュメンのところでは彼らは野生のスイカやメロンを水分にしていることを知った。ウッチティクラブという葉巻ぐらいある蛾の幼虫は水分が多い。生きている水筒だ。

町を歩くと五十メートルおきに冷たい自動販売機の水を得られる日本のように、水に対してまったくストレスのない国に住んでいるとどっちが「異常」なのかわからなくなってくる。

カンボジアにあるトンレサップという浅い湖。ここに25万人の水上生活者がいる。沢山ある水を慣れない人が飲むとアメーバ赤痢になることが多いという

カンボジアにあるトンレサップという浅い湖。ここに25万人の水上生活者がいる。沢山ある水を慣れない人が飲むとアメーバ赤痢になることが多いという 撮影:椎名誠さん



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