手前の雲は下層の積雲群、奥に見えるのは上層の巻雲。高度が違うことがわかる (P.6~13の雲の写真はすべて村井昭夫さん提供)
ふわふわと空に浮かび漂う雲。その魅力はいったいどこにあるのか――。本特集のナビゲーターとして、「雲好き」が高じて雲の写真集・書籍をこれまで7冊上梓した村井昭夫さんにお会いした。村井さんが雲に心惹かれる理由を尋ねることで、雲の魅力が浮き彫りになるはずだ。村井さんが撮影した雲の写真を眺めつつ、基礎知識や撮影の心得などを学ぶことからスタートしよう。
インタビュー
雲の案内人・石川県立大学客員研究員・気象予報士
村井昭夫(むらい あきお)さん
石川県金沢市生まれ。信州大学卒業。北見工業大学大学院博士課程修了。雲好きが高じて気象予報士(No.6926)となる。2012年9月に雪結晶の研究で博士(工学)取得。「Murai式人工雪結晶生成装置」で日本雪氷学会北信越支部雪氷技術賞(2007)受賞。著書に『雲三昧』『雲のカタログ』『雲のかたち立体的観察図鑑』『空の図鑑』『雲百景』『雲の見本帳』、訳書に『驚くべき雲の科学』がある。雲の撮影と著述業、雪結晶の研究に専念するため、2017年3月末で中学校教員を退職。ブログ「雲三昧」で雲と空の写真や動画、情報を公開中。
(左)『雲のカタログ』(草思社 2011)
(右)『雲の見本帳』(エムディエヌコーポレーション 2016)
今春、定年まで数年残して退職しましたが、私は中学校の理科の教員でした。石川県教育委員会の指導主事になったのが40歳のとき。若い先生たちを指導する立場になり、「教員自身が楽しめるような教材をつくろう」と思い、教材のテーマを「雲」に決めたのです。それが雲に心惹かれるようになったきっかけです。
理科や社会の教員は「周辺の知識」が大切です。教科書をそのまま教えても、生徒は興味を抱きにくいもの。実際に植物を採りに行く、トカゲを触ってみるといった好奇心をもとにした経験が必要なのです。教員自身が遊ぶように学び、そのなかからおもしろいと思ったことを教材にすれば、きっと生徒たちも関心をもつはずだと考えたのです。
当時、私と同じような考えの教員が数名いましたので、彼らと一緒にトルコの皆既日食やスウェーデン・アラスカのオーロラを観に行きました。私は大学時代に気象学を学んだこともあって「雲で教材をつくろう」と考えたのですが、実はあまり知らなかったので雲について改めて勉強し、写真も撮るようになったのです。
一つめは「どこでも観察できる」ということでしょう。日食やオーロラ、珍しい鳥を見るには、その場所に行かないといけない。ところが雲は、空さえ見られれば誰でも観察できますね。朝起きて窓を開けても、玄関から一歩出ても、たとえ会議中だって窓さえあれば雲を見ることができます。
また、雲は「まちなかに残された唯一の自然」でもあります。つまり、もっとも身近で最後まで残っている自然なのです。空を見上げるだけで、太古から繰り返されてきた雲の発生と消失を見ることができます。
三つめは「同じ雲には二度と巡り合えない」ということ。雲は刻一刻と形を変えますし、大きさもさまざまです。
気に留めない人の方が多いと思いますが、実は私たちの頭の上では時間とともにいろいろな雲が湧き、流れ、あるいは消えています。そんな自然の営みが繰り返し起きているのは、おもしろいですよね。
雲は、空気が何らかの原因で上空へ持ち上げられたときにできる現象です。雲の正体は大気に含まれる水蒸気が凝結してできた水滴や氷の粒。直径0.1mm以下と小さいので軽く、地上に落ちることができないため空に浮かんでいるのです。
また、雲の基本は10種類です。これを「十種雲形(うんけい)」と呼びます。これは1956年(昭和31)、世界気象機関(注)によって定められたもの。雲ができる高さを三つに分け、さらに塊、層状、降水を伴うかなどで分類しています。私たちが日ごろ呼んでいる「ひつじ雲」は高積雲(こうせきうん)、「うろこ雲」は巻積雲(けんせきうん)が正式名称です。
誤解されやすいのですが、「飛行機雲」は10種類に含まれていません。飛行機を発明してから出現するようになった人工の雲だからです。
たしかに、雲を見ていると「あの雲はなんですか?」と必ず聞かれますからね。ただし、分類として10種類は粗いですし、雲は動きながら変化します。例えば高層雲が発達して雨を降らせる乱層雲になることもある。それに十種雲形からさらに「種」「変種」「副変種」など細分化されているので、雲の種類で引っかかって挫折してしまうよりも、まずは雲を見て、興味をもったら少しずつ種類を覚えていくのがよいでしょう。
まず時間帯ですが、雲には凹凸がありますので、太陽の光が横方向からあたるとき、つまり朝と夕方は陰影や立体感が出やすく、日中よりも美しい雲を見つけやすくなります。
ただし、上空に現れた雲の形や並びがきれいで、空も青く澄み、横からあたる光の角度もちょうどよいという「きれいな雲の条件」がすべてそろうのは非常に稀なことです。
季節ごとに現れやすい雲はありますが、このあとどんな雲が現れるのかの予測は難しいです。というのも、地上にいる私たちが見られる雲の範囲はあまり広くないんですね。雲の高さにもよりますが、せいぜい30km程度。ですから、次に来る雲がものすごく美しい並びかもしれないし、さっき通り過ぎた雲は芸術作品のような形だったかもしれません。
例えば積乱雲が発達して生まれる「かなとこ雲」なんて30分くらいで消えてしまいます。つまり、雲と人は一期一会なのです。
(注)世界気象機関
世界の気象業務の調和と推進に必要な企画・調整活動にあたる国連の専門機関の一つで略称はWMO(World Meteorological Organization)。1950年3月23日に設立。本部はスイスのジュネーブにある。2017年、インターナショナル・クラウド・アトラス(ICA)を30年ぶりに改訂し、雲の新しい種・変種などが追加された。
私の印象だと3分の2は女性ですね。男性がマニアックになりがちなのに対して、女性は雲を見ること、写真に撮ることを純粋に楽しんでいます。雲や空、虹などの情報を常にSNSで共有している女性グループもありますよ。
雲を好きになると、その次に「雲について勉強する」「雲の撮影にハマる」という二つの楽しみ方が生まれます。私は雲好きが高じて気象予報士の資格を取りました。
雲を見ていると「自分で撮りたい」と思うのが人間の性(さが)のようです。雲に限らず鳥や鉄道も被写体として人気ですが、きれいな写真を手に入れたいのならプロの写真集を買えばよいのに、わざわざ自分で撮るのだから不思議ですね。
常にカメラを持ち歩くことです。「あっ、いい雲だ!」と思ってからカメラを取りに行ってもたいてい間に合いません。雲は神出鬼没ですから、見つけたらパッと撮る。備えとしては、自分の生活圏内で空が見渡せて、電線が邪魔にならない開けた場所をいくつか見つけておくといいでしょう。クルマで通勤している人なら、違反せず安全に駐車できる場所を覚えておくと役立つはずです。
雲を撮るなら広い範囲を写せる広角レンズがあると迫力が出ますので、レンズが交換できる一眼レフカメラかミラーレスカメラがお勧めです。ただし、最近のスマートフォンのカメラは高性能なので、雲と空をパノラマで撮影するのも楽しいです。それにスマートフォンならサッと取り出して撮れますからね。
楽しみ方は人それぞれでよいと思います。種類はわからなくても「何かに似ている雲」ばかりを撮り集めてもいいですね。雲が好きになると人生の楽しみが増えます。私には「何の目的もなく暮らしている」という瞬間がなくなりました。歩いていても、自転車に乗っていても、山を登っていても――。
今、この瞬間にも雲は湧いています。ぜひ空を見て、自然の不思議さ、雄大さに気づいてください。いつでも、どこでも、見上げればそこには雲があるのですから。
(2017年4月12日取材)