渦を巻いた積乱雲の集合体「台風」
カラー化したひまわり8号による地球画像(2016年3月9日)
かつて、雲の形や動きなどの観測情報は「雲学」として気象の解析・予測に多用されていた。気象衛星の登場によって雲学の重要性は低くなったものの、雨や雪などの発生源である雲が天気予報の判断材料の一つであることに変わりはない。また、渦を巻いた積乱雲の集合体で、巨大なエネルギーを発する台風は、どこまで解明されているのか。大気現象を研究する筆保弘徳さんに解説していただいた。
インタビュー
横浜国立大学 教育人間科学部准教授・気象予報士
筆保 弘徳(ふでやす ひろのり)さん
1975年岩手県釜石市生まれ。岡山県岡山市育ち。岡山大学理学部地学科卒業。同大学院修士課程、京都大学大学院博士課程修了。博士(理学)。気象予報士。防災士。防災科学技術研究所、海洋研究開発機構、ハワイ大学を経て2010年4月から現職。専門は気象学。研究分野は台風、局地風、メソスケールの気象現象など。著・監修に『台風の正体』(朝倉書店 2014)、『まなびのずかん 気象の図鑑』(技術評論社 2014)など。
天気予報は、私たちの生活に身近で欠かせないものです。でも、天気予報がどのようにつくられるかは、意外と知られていません。
天気予報のベースになるのは、日本や世界各地から集められる観測データです。気象観測は大きく分けて、地上・海上観測、高層気象観測、衛星からの観測などがあり、それらを合わせて大気の状態を三次元で捉えています
高層気象観測では、気圧や気温、湿度などを測定するセンサーを載せたラジオゾンデという測器を上空に飛ばして観測データを得ています。これは世界中が同時刻に観測する取り決めになっていて、日本でも全国16ヵ所および南極昭和基地で1日2回、GPSのついたゴム風船を毎日上空に飛ばしています。
飛行機やロケットが飛び回る時代に風船で上空を測ると聞くと、ちょっと古くさく感じるかもしれません。しかし、このゾンデ観測の登場により、今まで雲で空の動きを測っていたことに比べれば、上空の大気の様子がよくわかるようになりました。
気象庁は集まった観測データをもとに、スーパーコンピュータでシミュレーションし、未来の予報値を算出します。しかし、この予報値がそのまま天気予報にはなりません。気象庁の予報官や民間企業の気象予報士が、予報値と最新の観測データを分析して予測します。ですから、最終的には人が判断します。
ちなみに天気予報を注意深く見ていると、番組や媒体によって少しずつ異なることに気づくかもしれません。誰の予報を採用するかはテレビ局や番組、媒体がそれぞれ個別に判断しているからです。
ご存じのように、天気予報は外れることもよくあります。残念ながら、自然現象を100%正確には予測できないのです。とはいえ、その精度はずいぶん上がってきました。台風の一日(24時間)後の進路予報の誤差は、20年前には200kmありましたが、今は100km以下になっています。まだ100kmも誤差があるのかと考える人もいるでしょうが、私たち研究者からしたら、よくぞここまできたという気持ちです。
さらに今後、気象予測の精度を上げると期待されているのが、2015年(平成27)に運用が開始された静止気象衛星「ひまわり8号」です。ひまわり8号は、世界初のカラー映像を実現しました。「えっ?今までもカラーだったでしょ」と思われるかもしれませんが、実はひまわり7号(2006年〜)まではモノクロ画像でした。私たちが天気予報で見ていたのは、わかりやすいように後から加工したものだったのです。
ひまわり8号は、7号の約50倍、初号機(1978年〜)と比べると400倍のデータ処理能力を有しています。例えるなら白黒テレビが一気にデジタルテレビになったくらい、飛躍的に性能が高まりました。
以前は1時間に1枚か2枚の画像でしたが、今では10分間で1枚から数枚と、数分間隔で撮影できるようになりました。そして高解像度の画像となり、より詳細で緻密な雲の動きや構造がリアルタイムでわかるようになりました。それによって計測が難しかった火山の噴煙や黄砂をはじめ、今まで捉えにくかったものがデータに表れてくるのです。
ひまわり8号の観測データによって、気象学のさまざまな疑問や課題も解明が進むのではないかと楽しみにしています。
私の主要な研究テーマは、台風の発生です。台風発生のメカニズムは、気象の世界においてもっとも解明が進んでいない現象の一つとされています。
台風とは、渦を巻いた積乱雲の集合体です。地球上で発生する台風は年間およそ80個。北西太平洋で発生する台風はそのうち30個近くで、全体の3割を占めています。
実は、台風の卵となる積乱雲の塊は、各地で年間数千個近く発生しているのですが、その大半は台風にならずに消滅します。台風になる雲の塊と、ならない雲の塊の違いは何なのか。そこに台風発生のメカニズムの鍵があります。
北西太平洋における台風を生み出す親となる大気環境は5つあるとされています。私は理化学研究所や気象庁との共同研究で、台風の誕生がこの5つのパターンのどれであるかを見極める方法を開発しました。
右の一番下の図を見てください。よく知られているのは、赤道付近の偏東風のなかでできる台風(EW)です。一方、夏になるとモンスーンという西風が吹くのですが、この西風と東風の合流域(CR)や、西風と東風がすれ違うシアーライン(SL)にできる台風があります。あとの2つは少し特殊で、モンスーン・ジャイア(MG)のなかでできる台風、先行する台風の後ろにできる台風(PTC)です。注目すべきは、これら5つの生まれの違いによって、台風の性質も異なるという点です。
例えば、発生したときの強さはどのパターンも同じですが、大きさには差があり、モンスーン・ジャイアパターンは太った台風、偏東風や合流域パターンはスリムな台風になります。ほかにも、シアーパターンや合流域パターンは発生後どんどん強くなる傾向がありますし、さらに合流域パターンは北上して、ほかよりも日本に上陸しやすいという特徴をもっています。
このように、台風は生まれながらにして平等ではないのです。その特徴をつかめれば、台風発生段階から危険な台風を見極め、早めに警戒できるようになるのではと期待しています。
上記はいずれも筆保弘徳さん監修・著『まなびのずかん 気象の図鑑』(技術評論社 2014)と筆保さん・吉田龍二さん(理化学研究所)提供資料を参考に編集部作成
接近すると、大きな災害をもたらす台風ですが、一方では、私たちの生活に重要な水資源をもたらす側面もあります。その一例が2005年(平成17)の台風14号です。この年は空梅雨で、四国は大変な水不足でした。高知県の早明浦(さめうら)ダムの貯水率は9月5日に0%になったのですが、翌6日には100%に復活します。それは台風14号が通過したからです。台風は「空飛ぶ給水車」であり、水資源の少ない日本(注)に水をもたらす大切な役割も果たしているのです。
自然現象としての台風のいちばんの特徴は、寿命が長いことでしょう。台風は、自分でつくったエネルギーの一部で自分を養って、平均5日、長ければ20日も活動を続けます。風が雲をつくり、雲が風を生み出し、お互いが見事なバランスのうえで助け合っているのです。また、台風はエネルギーの塊でもあります。台風がもつエネルギー量は圧倒的で、地球上で消費される全エネルギーの1ヵ月分に相当するという計算結果もあります。このように自然科学の目からすると、台風は非常に特殊で、興味深い現象なのです。
(注)水資源の少ない日本
国土面積と人口から導き出す一人当たりの年降水総量で見ると、日本は約5000m3/人・年で世界平均の1/3程度にすぎない。
実は、私は「人工的な雲もたくさんある」という仮説を立て、昔から追っていました。例えば煙突の煙。一般的に煙は組織化しないとされているのですが、昨年末、とうとう煙が雲になる瞬間を目撃しました。これから検証していきますが、雲にはまだわからないこともあるのです。
気象を研究している者でも雲の予測は難しいのです。私の研究室では、毎日夕方になると、翌日午後4時の大学上空の天気を全員で予報していますが、なかなか当たりません。空全体に占める雲の割合を「雲量(うんりょう)」といいますが、雲量が1以下なら「快晴」、2以上8以下は「晴れ」、9以上は「曇り」。つまり雲が天気を決めています。私が「晴れ」と予報して当たりそうだったのに、急に雲が湧き出て午後4時には「曇り」になったなんていうことも……。雲はほんとうにつかめないものなのですよ。
京浜工業地帯にある煙突から出た煙が雲になった様子
提供:奥村政佳さん(RAGFAIR・気象予報士・保育士)
(2017年4月19日取材)