機関誌『水の文化』56号
雲をつかむ

雲
表現 〈絵本と雲〉

「ただそこにあること」が雲の魅力

出典:『ころわんとしろいくも』(間所ひさこ作・ひさかたチャイルド 1998)Ken Kuroi

出典:『ころわんとしろいくも』
(間所ひさこ作・ひさかたチャイルド 1998)
©Ken Kuroi

絵の背景には雲が描かれることが多い。そこにはどのような思いがあるのか。『ごんぎつね』『手ぶくろを買いに』や「ころわん」シリーズなど多くの絵本の挿し絵を手掛け、また宮沢賢治の詩を題材にした詩画集、自身の幼少期をもとにした『雲へ』など、雲にまつわる作品が多い黒井健さんに、絵本における「雲」と「心」について語っていただいた。

黒井 健さん

インタビュー
絵本画家・イラストレーター
黒井 健(くろい けん)さん

1947年新潟市生まれ。新潟大学教育学部美術科卒業。学習研究社幼児絵本編集部に入社、2年間絵本の編集に携わった後、1973年にフリーのイラストレーターとなる。以降、絵本・童話のイラストレーションの仕事を中心に活動。主な絵本作品に『ごんぎつね』『手ぶくろを買いに』(新美南吉 作・偕成社)『おかあさんの目』(あまんきみこ 作・あかね書房)、画集に『雲の信号』(宮沢賢治 詩・偕成社)など。2003年、山梨県北杜市の清里に自作絵本原画を展示する「黒井健絵本ハウス」を設立。
出典:『ころわんとしろいくも』

雲は「何か」を表現するための方法

私が絵本で雲を描くのは、物語の季節や天候、湿度、時間帯などを表現するためです。あるいは文脈にある登場人物の感情を雲で表すこともあります。季節によって雲は違いますし、同じ日でも朝と夕刻では違う表情を見せます。そのため私はスケッチブック代わりにいつもカメラを持ち歩き、たくさんの雲を撮りためています。

新潟にある私の実家から15分も歩けば海でした。遊ぶ場所といえば海しかなく、空も広かったので、幼いころからよく空を見上げていた記憶があります。しかし、雲の存在を意識しはじめたのは、26歳でこの仕事に就いてからです。

一般的に、絵本にはあまり風景は描かれていません。なぜなら子どもは視点を定めてものを見るので、背後の風景まで目がいかないのです。けれども、私にとって雲は物語の「何か」を表現するためにいつの間にか重要な存在になっていました。その「何か」とは、物語がもつやさしさや悲しさ、生命観であり、「心」なのかもしれません。

雲は、とてもドラマチックな感じがしませんか?臨場感があり、千差万別で、一瞬で形を変えてしまうもの。物語の「世界」をつくるうえで、とても重要な役割を果たしてくれます。

雲の描き方が一変したモンタナでの出来事

雲に驚かされた出来事がありました。30代半ばに、友人とアメリカを横断していたときのことです。

晴れた日に車でモンタナ州に入り、延々と放牧地が続く州道を走っていると、黒くて濃い、小さな陰が見えました。最初は「地面に穴でもあいているのかな?」と思ったのですが、ふと上を見ると小さな雲が一つ、ぽっかり浮かんでいました。ああ、この雲の影だったのかと気がつきました。私はその小さな雲を見たときに、雲というのは地面と空の間に「浮いている」ものだと、初めてはっきりと認識したのです。

それ以来、「雲を空中に浮かせて描きたい」と思うようになりました。それまでは背景に張り付いたような平面的な雲を描きがちだったのですが、雲の描き方がガラリと変わった。それがモンタナでの出来事でした。

今でも雲の描き方は意識しています。幼いころに私自身が空を飛んだ記憶をもとにした絵本『雲へ』も、宮沢賢治の詩を集めた画集『雲の信号』も、すべて雲を空中に浮かせようと意識して描いています。

  • 出典:『雲へ』(黒井健 作画・偕成社 2002)

    出典:『雲へ』(黒井健 作画・偕成社 2002)

  • 出典:『雲へ』(黒井健 作画・偕成社 2002)

    出典:『雲へ』
    (黒井健 作画・偕成社 2002)
    ©Ken Kuroi

  • 出典:『雲へ』(黒井健 作画・偕成社 2002)
  • 出典:『雲へ』(黒井健 作画・偕成社 2002)

無理に理解せずありのまま受け止める

『雲の信号』に掲載した詩は私が自由に選ばせてもらったものですが、不思議と空や雲に関する詩を多く選んでいます。

私にとって雲を見ることは、カチカチになっていた身体が解放されるような、「清々する」「気持ちいい」という感覚を呼び起こしてくれます。画集のタイトルでもある「雲の信号」という賢治の詩の内容にも、大きく共鳴するところがあります。

宮沢賢治の詩は難解だといわれますが、何かを無理に定義付けしないことの大切さを教えてくれていると思うのです。私たち大人は物事を定義付けて、自分たちの理解できる範囲で整理しがちですが、それをやめるといろいろなことが記憶の引き出しのなかに消えずに残ります。

仕事柄、小学生が応募した絵画コンクールの絵を毎年見る機会がありますが、おもしろい絵に出合います。一般的な概念として、空は「青色」で雲は「白色」ですが、先入観なくきちんと自分の目で観察している子どもは、青や白以外のさまざまな色を使って空や雲を描いているのです。

つまり、雲を見て無理やり定義付ける必要はなく、むしろ「何か」を感じることが大切なのだと私は思います。


出典:『イーハトヴ詩画集 雲の信号』
(宮沢賢治 詩・黒井健 画・偕成社 1995)
©Ken Kuroi

  • 出典:『イーハトヴ詩画集 雲の信号』(宮沢賢治 詩・黒井健 画・偕成社 1995)

    出典:『イーハトヴ詩画集 雲の信号』(宮沢賢治 詩・黒井健 画・偕成社 1995)

  • 出典:『雲へ』(黒井健 作画・偕成社 2002)

    出典:『雲へ』(黒井健 作画・偕成社 2002)

  • 出典:『イーハトヴ詩画集 雲の信号』(宮沢賢治 詩・黒井健 画・偕成社 1995)
  • 出典:『雲へ』(黒井健 作画・偕成社 2002)

雲は人間と似た存在

空や雲を見上げるときに一つ忘れてはならないことは、「私たちは地球に住まわせてもらっている」という謙虚な気持ちです。

賢治が「わが雲に感心し」という詩のなかで、「雲や風に関心があるのは、それが果てしなき力の源であるがゆえ」というようなことを書いていますが、水と空気は生命の源であり、私たちはそれによって生かされているのです。こうした根本に気づくことは、とても大切です。

宇宙と大地の間に存在する雲は、私たち人間とどこか似た存在なのかもしれません。だから気持ちが晴れ晴れしているときは雲も明るく見えるし、悲しい気分のときは灰色に見える。雲はたんにそこにあるだけですが、私たち個人のさまざまな気持ちを反映しているのです。

そう考えると、「ただそこにあること」こそが、雲の魅力なのかもしれませんね。

(2017年4月13日取材)



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