「グリーンインフラ」をご存じだろうか。これは自然の力やしくみを活かして社会基盤の整備や国土管理を行なおうという考え方で、海外を中心に取り組みが進む。日本でも国土形成計画、第4次社会資本整備重点計画でその推進が盛り込まれた。水を活かした持続的な都市環境デザインやグリーンインフラに関する論考を発表し、自身も国内外のプロジェクトの設計に携わる福岡孝則さんに、グリーンインフラの考え方について「水」を軸にお聞きした。
インタビュー
東京農業大学 地域環境科学部
造園科学科 准教授
福岡 孝則(Takanori Fukuoka)さん
1974年神奈川県生まれ。ペンシルバニア大学芸術系大学院ランドスケープ専攻修了。アメリカとドイツの設計コンサルタント会社に所属し、北米や中東、アジアなど世界7カ国15都市のランドスケープ・都市デザインプロジェクトを担当。2017年から現職。研究テーマはグリーンインフラとパブリックスペースのデザイン。編著に『海外で建築を仕事にする2都市・ランドスケープ編』『Livable City(住みやすい都市)をつくる』など。水を活かした持続的な都市環境デザインやグリーンインフラに関する論考を数多く発表。
私が今、特に力を入れているのは、グリーンインフラをベースとした住みやすいまちづくりを日本各地で実践することです。
グリーンインフラをあえてひと言でいうならば、「自然の力を活用した持続的雨水管理」です。雨が降って地中にしみ込み、川へ流れ出てやがて蒸発し、再び雨となる。そんな自然の水循環プロセスを、建築物や道路、公園など、まちのさまざまな屋外空間に人工的に再現することで、治水や減災、環境改善に役立てようという考え方です。
今日、世界中どこの国や地域においても、水害、水不足、あるいは水の汚染など、水に関する問題が大きな課題となっています。日本でも近年、気候変動により局所的豪雨などが増加し、河川の氾濫だけでなく、都市部における内水氾濫も頻繁にニュースで目にするようになりました。
こうした水の課題に対して、従来は下水道の整備や堤防の構築といった単一機能の人工的構造物、すなわち「グレーインフラ」で対応してきました。しかし、それだけでは問題の解決が難しくなってきており、グリーンインフラが注目されはじめているのです。
グリーンインフラは比較的新しい概念で、国際的な定義も明確に定まってはいません。北米では、「治水」を目的とした雨水管理を中心にグリーンインフラを定義していますし、欧州ではより広域を対象に、生態系ネットワークの保全や活用といった「生物多様性」の観点からグリーンインフラを捉える傾向にあります。
一方、日本ではグリーンインフラという言葉自体があまり認知されておらず、「自然が持つ機能を賢く利用することで、持続可能な社会と経済の発展に寄与するインフラ」という、やや漠然とした定義に留まっています。
私はアメリカの大学院でランドスケープデザインを学んだ後、アメリカとドイツの設計コンサルでしばらく仕事をしていた関係で、欧米各国のグリーンインフラ事例にも数多く携わってきました。
アメリカのポートランド市では、合流式下水道により河川の下流域で頻繁に洪水が起こることから、グリーンインフラへの取り組みが始まりました。その施策の一つが「グリーンストリート」です。道路と歩道の間に80cmほど掘り下げた植栽帯を設けることで、雨水が一時的に貯留されます。そして地中に浸透する間に水質が浄化されるというしくみで、市内に920カ所ほど設置されています。
植栽の維持管理に関しては、市民や組織で緑をケアする制度「スチュワードシップ」もつくられました。グリーンインフラは自分たちの生活を守るものとの意識があるため、市民は行政任せにせず、主体的にかかわっているのです。
ドイツのニュルンベルク・プリズマという建築は、庭の雨池から水をポンプアップして、ベランダや屋内アトリウムの植栽の灌水(かんすい)に利用します。つまり、水の循環システムを住宅の敷地内で完結させるというコンパクトなグリーンインフラの一例です。
このほか大小さまざまなグリーンインフラ事例が欧米には存在します。水に形がないように、その場所や目的に合わせて、規模やしくみを自在に変えられるのが、グリーンインフラのおもしろいところです。
グリーンインフラの先進事例として注目されているのが、シンガポールの水戦略プロジェクトです。
島国であるシンガポールは水資源に乏しく、水道水の40%を隣国マレーシアから輸入していますが、次の契約更新で水の価格が大幅に引き上げられます。この状況に危機感を募らせたシンガポールは、水の自給率を上げるため国を挙げて水問題の解決に取り組んできました。国内に降った一滴の雨も無駄にしない、そんな強い思いで2006年に作成されたのが、「ABC水のデザイン・ガイドライン(略称 ABC-WDG)」です。
ABC-WDGの核となるのは、国土全体を対象としたグリーンインフラの普及です。国内の一定面積以上の敷地・街区・都市スケールの開発案件すべてに対し、建物の屋上を含む敷地内の屋外空間を活用し、グリーンインフラを適用することを義務づけています。
このガイドラインの大きな特徴は、指針を示すだけでなく、具体的なパイロット・プロジェクトを多数計画・実行し、その進行状況や技術的手法まで開示していることです。グリーンインフラの目的は何か、どのように進めるのかをわかりやすく視覚化し、市民の理解と協力を促進しているのです。
ABC-WDGの最大規模のプロジェクトが、全長3kmの排水路を都市型河川公園として再整備した「ビシャンパーク」です。
もとはコンクリート三面張りの直線的だった排水路を拡幅し、自然の河川にならって多様な断面と護岸形態をもつ曲線的な川として再生。その周辺エリアを公園にしました。新設された広大な浄化ビオトープにより、園内の川や池から取水された水は徐々に浄化されて再び川へ戻り、敷地内で水の循環が繰り返されるしくみです。
水辺のある公園「ビシャンパーク」は、都会の人々に自然とふれあい、水について考える貴重な機会を提供しつつ、非常時には公園全体が氾濫原となり、都市を水害から守る重要な役割を担っています。
住みやすいまちづくりの入口として、私は公園に着目しています。
住みやすさの基準はまちによって異なりますが、シンガポールの「ビシャンパーク」のように、誰でもアクセスできる屋外の公共空間が魅力的であることは重要な要素です。特に自然との距離が遠い都市部の場合、水や緑などの力をうまく活かすことで、大きな変化をつくり出すことができると思います。
また、アメリカ・ポートランド市の「スチュワードシップ」のように、市民が主体的にかかわる場を行政が設けることも有効です。市民の活力をグリーンインフラの維持だけでなく、人々の交流にまで結びつけることができるからです。
神戸市三宮にある「東(ひがし)遊園地」は誰も利用していない土の公園でした。そこで私たちは神戸市と共同で社会実験を行ないました。広場に芝生を敷いて仮設図書館とカフェを出してみると、予想以上に周辺から人が集まってきました。そこでさらに自由なイベントスペースとして市民に開放したところ、ヨガ教室や演奏会などさまざまな企画が催されるようになり、閑散としていた公園が、活気ある人々の交流拠点に変わっていったのです。
また、私が携わり、今工事が進む南町田の都市再整備プロジェクトは、既存の公園と新設の商業施設を一体的に捉え、グリーンインフラをベースにランドスケープデザインをした事例です。公園の質を高めエリア内の持続的な雨水管理を実現しながら、都市のなかに豊かな自然を取り戻すことで、まちに変化を起こすことができればと考えています。
最近、日本の都市に未来はないといった悲観的な論調をよく見かけます。しかし、日本の都市はコンパクトで機能的にできています。また、子どもが一人で公園に遊びに行けるような安全性も他の国にはない強みです。こうした日本ならではの資産を活かすことで、魅力的な成熟型都市に変えていけるはずです。
水は、都市の血液のようなものだと私は思います。これまで水は公共空間から排除される存在でしたが、もう一度、都市のなかで水と人との接点を生み出すことが大切です。グリーンインフラを活用し、日本の都市に水の流れを取り込むことで、魅力的で活力のある住みやすいまちがつくれるのではないでしょうか。
(2018年8月23日取材)