佐渡には稲作のためにつくられた溜池が無数にある(七浦海岸・橘地区)
人口減少と高齢化に伴う年齢構成の変化……。今、日本の中山間地域で起きている課題を佐渡も抱えている。しかし、佐渡の豊かな資源を活かして活力を取り戻す方法もあるのではないか?「トキの野生復帰」という試みに惹かれ、10年前から佐渡を定期的に訪れている鈴木基之さんに、「佐渡の現状と未来」をテーマにお話しいただいた。
インタビュー
東京大学名誉教授
一般社団法人日本UNEP協会 代表理事
鈴木 基之(すずき もとゆき)さん
東京大学大学院工学系研究課程修了。博士(工学)。専門は環境化学工学。東京大学生産技術研究所教授を経て、のちに同所長。国際連合大学副学長、同特別学術顧問、放送大学教授、東京工業大学監事(非常勤)、環境省中央環境審議会会長などを歴任。現在も一般社団法人 海外環境協力センター会長、公益財団法人 環日本海環境協力センター理事長などを務める。『環境と社会』『続く世代に何を渡すのか』など著書・編著多数。
佐渡との縁は、トキの放鳥が始まった2008年ごろから深まりました。当時の私は放送大学の大学院で環境工学を担当していました。同時期の同僚で農業経済学を教えておられた河合明宣先生がトキの野生復帰に関心を寄せておられ、その縁で環境省が行なっていた「佐渡におけるトキの人工飼育、放鳥」プロジェクトをゼミの修了生たちと見学に行ったのがきっかけとなり、佐渡の方々との交流も始めさせていただきました。
最初の放鳥は10羽でしたが、それが順調に進み、野生でも繁殖・定着していったとき、いったん絶滅したトキは島内でどんな存在になるのかというテーマは非常に興味深いものです。いずれは佐渡の外にも広く分布するようになるのか、増えすぎて農業に対する害鳥となるようなことがあればその生息数をどのように制御するのか、以前のように捕獲や羽毛の利用などが始まるのか—。そういったことを考えていくと、壮大な実験が始まっているように思えたのです。
人工飼育や放鳥準備の段階ではトキのエサにドジョウなどを島外からも導入し、与えていたそうですが、自然界でもエサが十分に供給できるようにしなければということで、新穂(にいぼ)地区の篤農家(とくのうか)の齋藤真一郎さんたちによって、田んぼをエサとなる生きものが育つ場にしようと、肥料や農薬を減らした米づくりをする動きが始まります。そして私たちも「田の草とり」などを手伝わせていただくようになりました。
草とりは生やさしいものではありませんから、私くらいの年齢の者がお役に立ったとは思えないのですが、作業を終え地元の方々とお酒を酌み交わすのを楽しみに佐渡に通うようになっていきました。きれいな水を使った佐渡の日本酒はもちろん、農水産物はどれもとてもおいしいですからね。
現在の佐渡は高齢化が進み、人口減が続いています。江戸時代には10万人が暮らしたと伝えられますが、1950年ごろの12万人をピークに減少し、現在は6万人弱です。
1995年と2015年の年齢別の人口を比較すると、95年には30歳から55歳付近にあった中心世代が、60歳から85歳付近へと移っています。一方で95年には一定数いた30歳以下の人口が少なくなっていることから、高齢者が佐渡を担う状況は今後も続くと予想されます。現在の40歳から70歳までの人口分布は、20年前の20歳から50歳までの分布とほぼ重なっているという状況も見てとれます。現在の20歳から50歳までの方々が20年後にそのままの形で保持されるとすると、佐渡を支える人口力は激減していくことにもなるでしょう。佐渡がサステイナブルな島になるためには、人口分布の将来像を持続可能な形に改善しなければなりませんが、当面は高齢者の方々の力で佐渡を魅力的な場所にしていく方法を探る必要があります。
そんな佐渡で私が提案したいのは、島内の豊富な資源による自立を前提にした生活を考えていく道です。都会から文化を取り入れてきた歩みを、あたりまえのように踏襲するのはやめて、佐渡独自の暮らし、若者にも魅力ある姿を探ってはどうでしょうか。
日本国の新潟県に属する佐渡市というよりは、かつての幕藩体制における藩のような自立した存在を目指してはどうかと思うのです。
エネルギーに関しては、船舶で運んでくる石油に頼るのではなく、島内に降り注ぐ太陽エネルギーを活かして、薪やバイオマス発電で賄うのはどうでしょう。
以前、私は佐渡に供給される太陽光が森林を育むペースと、島内で必要となるエネルギーの収支を工学的に計算したことがあります。すると、今と同じくらいのエネルギーを使う生活を続けるには足りませんが、思いきって生活を見直せば成立する可能性はあります。
例えば、佐渡で都会と同じスピードで走る自動車が必要かといえば、多くの場合はそうではない。軽自動車よりもコンパクトで軽く、ゆっくり走る乗り物を開発すれば、必要な燃料も減ります。私は「馬車でもいいのでは」とすら思います。時間がゆったり流れる佐渡の雰囲気に合うかもしれません。
そして水です。佐渡は至るところに流れる小河川を活用した集落単位の簡易水道を使って水が供給されています。都会的な見方では整備が行き届いていないように映るかもしれませんが、なんらかの災害時の復旧力ではこちらの方が上です。飲み水をもたらしてくれる川が身近にあるので、何かを捨てて汚したりすることも起きにくい。小規模水力発電としての活用も期待できますね。可能性を秘めた水利用システムを見直して、次世代に伝えていくための工夫を考えてはどうでしょうか。
食については、宿泊施設となり得る空き家などが多い地域に給食センターのようなものを建て、そこに島内でとれた魚や米などの農水産物を集中的に運んで、観光客に提供しやすいシステムをつくる手もありますね。島の恵みがもつ魅力を知ってもらう機会を増やし、商品価値を高めることにもつながるかもしれません。離島でありながら、一定の規模をもち、多くの資産を有する島の総合的な将来設計が必要かもしれません。
自分たちが使うエネルギーや水、食べものなどがどこから届くのか、排出するものがどこでどのように処理されるのか……。そうしたことがはっきりわかる生活がこれからは望ましいのですが、佐渡はそうした場所のモデルになる可能性を秘めています。もしも実現すれば、日本各地の行き詰まった都市を立て直していくためのヒントを与えてくれるようにも思います。
少しラジカルな提案ですが、そんな思考実験をしたくなるのも、佐渡に大きな魅力とポテンシャルがあるからかもしれません。
(2018年12月21日取材)