地上に設けて浄水を蓄え、地域への配水量を調整する役割を担う水槽が「配水塔」だ。川崎市上下水道局はコンクリート製配水塔に代わり、同局として初となる「ステンレスタンク」を選択した。ステンレスタンクは初期投資こそ嵩むものの、メンテナンスをきちんとすればランニングコストは圧倒的に安価だという。現代の配水塔における選択肢とは?
川崎市上下水道局がステンレスタンクを初めて採用した「宮崎配水塔」
人は水なしには暮らしていけない。都市部に人口が集中した江戸時代には、井戸水では供給が足りず、上水と呼ばれる水道が町中に整備され、それが江戸の繁栄を支える礎となった。水源から木樋や石樋を介して引かれた上水は、各所にある大きな木桶の上水井戸に溜められ、周辺に暮らす人々はそこから水を汲み上げて家へ運び、生活用水として利用した。
また、水が手に入りにくかったり、水質があまりよくない地域には、用水堀などから木桶に水を汲み、それを天秤棒で担いだり荷車に積んだりして飲料用として売り歩く水屋(水売)もいた。
今日、日本の上水道の普及率は100%近く、どこの家庭でも蛇口をひねればすぐ水が出る。この水道水は浄水場から直接流れてくるわけではない。ふだんあまり意識することはないが、浄水場と家庭の蛇口の間には、配水池あるいは配水塔という貯水施設がある。地域で使われる水を一時的に溜めておく巨大な水桶、いわば現代の上水井戸といえるだろう。
配水塔は、地上または屋上に設けて浄水を蓄え、配水量を調整する水槽だ。配水する区域内に配水池をつくる適当な高所がないときなどに配水池の代わりに設ける。構造や材質は『水道施設設計指針』に示されており、堅牢であること、風圧や地震に耐えられること、そして防食、落雷防止、美観などへの配慮が欠かせない。従来の鉄筋コンクリート製に代わりステンレスタンクを市内で初採用した川崎市上下水道局へ話を聞きに行った。
都内から田園都市線で鷺沼駅へ向かうと、駅手前の線路沿いにコンクリートの高い壁が続いている。これが川崎市最大の鷺沼配水池だ。上部はフットサルコートや小学校の校庭。その下に川崎市中部エリアの約50万人が使うおよそ11万トンもの水がたたえられているとは、誰も思わないだろう。
その鷺沼配水池にある川崎市上下水道局水運用センターで管理係長を務める田畑満穂(たばたみつほ)さんは「浄水場では、常に一定の水量を処理していますが、市民の水使用量はさまざまな理由によって変動します。その需要と供給のバランスを調整し、いつでも同じ水圧で安定して利用者に水道水を届けるのが、配水池・配水塔の役割です。非常時の水瓶としての役目も担っています」と説明する。全国どこでも水圧が大きく異なると感じることがないのは、こうしたしくみがあるからだ。
川崎市内には配水池が全7カ所、配水塔が5カ所ある。水源の相模川上流から取水した水は長沢浄水場で処理され、各配水池・配水塔に分配、貯水された後、網目のように張り巡らされた配水管を通って各家庭に給水される。川崎市では高低差のある地形の特徴を活かし、水源から家庭までの各工程のほとんどを、ポンプに頼らず自然流下で配水しているという。
鷺沼配水池からほど近い高台に、川崎市上下水道局では初めてステンレスタンクを採用した「宮崎配水塔」がある。鷺沼配水池より高所にあたる宮前区を中心に約16万人、川崎市全体の約10%に配水する重要な配水塔だ。
もとは1967年(昭和42)につくられた鉄筋コンクリート製の1塔の配水塔だったが、2007年(平成19)の診断で底版の耐震性不足が判明。通常ならば補強鉄筋や鉄筋コンクリートの増強によって耐震補強を行なえばよいのだが、そうはいかない事情があった。調整係長の山口耕平さんは「宮崎配水塔は1塔だけで運用していましたので、工事を行なうと配水をストップしなければなりません。また定期的な点検などの維持管理も念頭に置くならば、別の手立てが必要だったのです」と語る。
さらに、築造当時は何もなかった現場周辺には住宅が密集している。また用地が狭隘なため、既設配水塔を運用しながら新たな配水塔を築くのも難しい。そこで、まず仮設の配水塔を1塔つくって配水を途切れさせず、旧塔を撤去したあとにもう1塔新設するという2塔式のアイディアが浮上した。
ただし、工事の条件は厳しかった。「配水塔の運用を絶対に止めないのはもちろんですが、周辺住民にできるかぎりご迷惑をかけないような施工方法が求められました」と水道部施設整備課主任の井上隆二さんは語る。
配水塔を鉄筋コンクリート製にした場合、現場の狭い道にたくさんのミキサー車が並ぶことになるため、住民の交通を妨げる恐れがある。また、鉄筋は水に反応してさびやすいため、タンク内部を定期的に防食塗装する手間もかかる。しかもその間、配水はできない。こうした諸条件をクリアするものとしてステンレスタンクが候補となった。
井上さんは「ステンレスならば鋼材を一度運んでしまえばあとは溶接するだけなので静かですし、工期も短くなります。そこでステンレス製配水塔を築造して曳家(ひきや)工法で移設するという手法が採用されました」と言う。鉄筋コンクリート製に比べて圧倒的に軽いステンレスは、曳家工法にベストマッチだった。
具体的には、隣接する公園の用地を借り上げ、そこに1号塔(有効容量1567m3)を仮設して運用を開始。次に既設配水塔を撤去し、跡地に2号塔(同1359m3)を新設。2号塔に運用を切り替えた後、1号塔をジャッキで少しずつ動かし2号塔の横に移設した。巨大な配水塔を曳家工法で移設するのは、全国初の試みだった。
2019年4月、2塔の配水塔への更新が無事に完了した。
配水施設におけるステンレス素材のメリットについて、水道部施設整備課担当係長の西出大(にしでひろし)さんはこう話す。
「まずは軽量で地震に強いことが挙げられます。そして何よりさびにくいのでメンテナンスが容易です。ステンレスもコンクリートも法定耐用年数こそ60年で一緒ですが、コンクリートは防食塗装を10~15年ごとにやり直さなければ内部が粉のようになってしまいます。ですので、長い目で見るとランニングコストはステンレスの方が低く抑えられます」
ステンレスタンクの場合、水の入っていない最上部だけは塩素が溜まるので腐食しやすい。そのため最上部には、腐食に特に強いステンレスを用いる。一方、常に水の溜まる部分はそうした心配がほぼないため、一般的なステンレスを使う。こうした構造も可能なため、これから更新時期を迎える配水塔については、全国的にステンレスを採用するケースも増えていくだろうという。
ただし、一概にステンレスが適しているとも言いきれないのが難しい。井上さんは「1万m3を超えるような大容量の場合は、施工スペースがとれるのならば、今はステンレスよりも鉄筋コンクリートの方がコストは安い。場所や大きさで使い分けるのが現実的です」と指摘する。
『水道施設設計指針』に木製タンクは含まれていないので木桶は完全に過去のものとなったが、それに代わる巨大水桶も最終形を模索している段階にある。
(2019年9月6日取材)