機関誌『水の文化』65号
船乗りたちの水意識

船乗りたちの水意識
水補給

乗組員の水を確保する術
──外航貨物船の水事情

大型船の運航における最高責任者は船長だ。では船長を助けているのは誰か?一等航海士である。水の確保をはじめとする基本的な実務は、一等航海士が担っている。日本郵船株式会社の安藤樹さんに、一等航海士の役割や船上生活に不可欠な水の手配、さらに船上生活の楽しみなどをお聞きした。

大海原を進む「バルクキャリア」(ばら積み貨物船)。石炭や鉄鉱石、穀物、木材など、日本の経済活動や私たちの生活を支える物資を運んでいる(提供:日本郵船株式会社)

大海原を進む「バルクキャリア」(ばら積み貨物船)。石炭や鉄鉱石、穀物、木材など、日本の経済活動や私たちの生活を支える物資を運んでいる(提供:日本郵船株式会社)

安藤 樹

インタビュー
日本郵船株式会社広報グループ報道チーム
安藤 樹(あんどう たつき)さん

1987年千葉県生まれ。東海大学 海洋学部 航海工学科卒業。2010年日本郵船株式会社に入社。次席三等航海士として乗船し、三等航海士、二等航海士を経て2017年一等航海士に。2018年11月、広報グループへ異動。

船における2種類の真水

──安藤さんのキャリアを。

航海士として入社し、2018年(平成30)11月まで8年間船で勤務していました。今は陸上勤務で、今後も海上、陸上の勤務を繰り返す事になります。

現代の船乗りの仕事は船に乗るだけではありません。運航を支える陸上業務も知ることで、より深くこの仕事を理解できるからです。当社は600名ほどの船員を抱えていますが、約半数は陸上でお客さまに船のことをご説明する、船の管理会社で働くなどさまざまな業務に携わり、活躍しています。

──一等航海士の主な業務を教えてください。

乗組員は担当職務により甲板部と機関部、司厨(しちゅう)部に分かれています。甲板部の責任者が一等航海士です。主な業務は、見張りや操船等の「航海当直」、貨物の積み下ろしを行なう「荷役」の監督、「荷役計画」の立案があります。船体強度の計算、船体の整備計画の立案、乗組員の労務管理と船内の衛生業務も担当します。

──船内における「水」について。

水には「飲料水」と「雑用清水(せいすい)(清水)」の2種類があります。乗組員が飲んだり食事をつくるのに用いるのが「飲料水」、風呂やシャワー、洗濯、掃除などに使うのは「清水」です。清水は海水から清水をつくる造水器から得ています。一日当たり20トン~30トンをつくり、乗組員の数にもよりますが一日約10トン消費し、余った水はタンクで保管されます。

飲料水は港に停泊しているときに補給します。その港に引かれている水道から補給するのですが、給水設備が整っている港とそうではない港があるので、事前に現地の船舶代理店に確認します。船舶代理店とは、例えば外国の港に入るときに税関や検疫などの手続きを、船に代わって行なう業者です。

水道料金は港ごとに異なり、1㎥当たりの料金が定められていることが多いです。運航隻数が数百隻であり、過去に寄港した船が管理会社に情報を残していることもあり、これらを参考にすることもあります。

飲料水の補給は専用ホースで

──飲料水の補給は一等航海士が担当しているのですね。

そうです。補給が終わるまでは数時間かかるので、そのあいだは別の乗組員に任せますが、ホースをつないで補給を開始するとき、そして終了するときは立ち合います。飲料水は乗組員の健康にかかわるものなので、寄港実績の乏しい港で補給することはできるだけ避けるようにしています。

もっとも注意を払うのは、船内のタンクに水を補給するときです。衛生面を考慮し、必ず船に積んである飲料水専用のホースを使います。ホースは1本25mくらいで、岸壁から水の取り入れ口が遠い場合は何本かつなぐこともあります。

また、配管が汚れている可能性があるため、ホースをいきなり飲料水のタンクにつなぐのではなく、まずは清水のタンクに接続し数分間水を流したあと、改めて飲料水のタンクに接続しています。この作業を私たちは「フラッシング」と呼んでいます。

飲料水タンクの容量は船によって異なりますが、水を補給できるときは基本的に満タンにします。

──飲料水の水質チェックは?

飲料水は半年ごとに検査機関による衛生検査を行なうことが義務づけられています。外部の検査機関に水のサンプルを送り検査を行ないます。日本だけでなく海外でも検査できるので、検査期限前に実施します。仮に検査をパスできない場合は、タンク内の飲料水をすべて交換することになります。

また、これとは別に毎月1回、一等航海士が専用キットを用いて飲料水の水質をチェックします。大腸菌などをチェックするリトマス試験紙のような検査キットを使用します。また、水質を保つために、年に一度、必ずタンクを清掃します。水をすべて抜いて、乗組員5~6人がタンク内に入って水垢を落とすのです。作業はだいたい半日かかりますね。寄港のタイミングなどを計算しつつ、航海中に作業します。飲料水のタンクは1つしかないので、清掃中はミネラルウオーターなどを飲みます。

港で補給した飲料水はそのまま飲んでいますね。万が一、飲料水を補給できない場合など、不測の事態に備え、造水器でつくった水を飲めるように添加用ミネラルも必ず搭載しています。

貨物船には船医が乗っていないため、航海士や機関士が「船舶に乗り組む衛生管理者」という国家資格を取得し、船内で傷病が発生した場合に対処します。船は必要最小限の人員で動かしていますから、仮に飲料水のせいで乗組員の体調が悪くなったら運航に支障が出る可能性があります。誰かが倒れたら他の乗組員に負担がかかり、船体や機関のメンテナンスにも支障が出てしまいます。一等航海士は船医の代わりに乗組員の健康管理を担っているのです。

大型船が飲料水を補給するシーン。給水栓から自前のホースを何本もつないで接続する(提供:日本郵船株式会社)

大型船が飲料水を補給するシーン。給水栓から自前のホースを何本もつないで接続する(提供:日本郵船株式会社)

航海士になって変わった水への意識

──乗組員の皆さんは船内生活で水をどう意識していますか?

乗組員は全員、水を大切にしています。飲料水は頻繁に補給できるものではありませんし、清水も造水器でつくるので無尽蔵には得られません。清水の消費量は担当機関士が常に確認しており、通常よりも消費が多い場合は月に一度の安全衛生会議などで「今月は水の使用量が多かったね」と指摘し、乗組員に節水を呼びかけることもあります。

また、使用済みの食器は水を溜めたシンクに漬けておくなど、可能な限り節水を心がけています。

──造水器についてはどのような整備を?

定期的に、造水器の担当機関士を中心に数名で分解して清掃しています。造水器が生み出す水は生活水だけでなく、船のボイラーなどに使っているので、生命線ともいえる存在です。貨物船では海水を沸騰させて真水をつくる沸騰型の造水器を積んでいます(船によっては2器搭載)。造水器はエンジンの排熱を利用し、航海中に稼働しますので、停泊期間中は造水は行ないません。

──航海士となってからご自身の水への意識は変わりましたか?

船の上で水は限りあるものなので、常に節水を心がけるようになりました。もしも太平洋の真ん中でトラブルがあって水がなくなったとしてもすぐに助けは来ないですからね。陸上だけで暮らしていたときと比べて、意識は明らかに変わりました。

船乗りの生活と船上の楽しみ

──安藤さんが船乗りになろうと思った理由を教えてください。

海外で働きたい、いろいろな国に行きたいという思いが強く、高校生のときに進路を決めました。といっても親戚に船乗りがいたわけではなく、「どうやったら船に乗れるのだろう?」と自分で調べて大学に進みました。

──実際に船に乗り、海外にも行ってどうでしたか?

学生時代、船乗りは世界各地で上陸して観光できる……そう思っていましたが、現実はそこまで甘くなかったです。

入社して最初に乗ったのが、日本とペルシャ湾を行き来する原油タンカーです。想像できないかもしれませんが、タンカーは岸壁には着岸しません。岸から数十kmも離れた沖までつないでいるホースで原油を積み込み、日本に帰ります。上陸のチャンスは少ないのです。

その後は、同じ外航船でもコンテナ船や自動車船は寄港回数が多いので上陸できました。特にロサンゼルス、サンフランシスコ、オマーンは印象深いですね。バルセロナに寄ったときは短時間でしたが、サグラダ・ファミリアを訪れることができました。

──毎回違う船に乗るのですか?

そうなんです。約6カ月乗って2カ月ほど休んでまた別の船に乗るというサイクルです。特に三等航海士や二等航海士のときは経験を積むためにさまざまな種類の船に乗りました。一等航海士や船長になればタンカーやコンテナ船など、船の種類は定まることが多いのですが、同じ船に続けて乗ることは稀です。

船を操るという点は同じでも、タンカーは喫水が深いので舵を切っても針路をすぐに変えられないなど、船の種類によって操縦性能が異なります。また貨物の積み下ろしの方法が船ごとに違うので、異なる種類の船に乗るごとに一から勉強し直すイメージです。

──危険なこともありましたか?

はい。船乗りなら誰しも「危ない!」と思ったことはあるはずです。他船にぶつかりそうになったり、船のすぐ横に雷が落ちてレーダーやGPS、電子海図などの機器類が正常ではない値を示してしまうこともありました。

──危険と隣り合わせなのですね。逆に船上の楽しみは?

毎日の食事です。船内でもまちの洋食屋のようなメニューが楽しめるのです。日曜日の夕食はメイン料理がステーキで、前菜とスープとパンも出てくる船が多いです。ちょっとしたコース料理みたいでしょう?

コックをはじめとする当社の乗組員の大部分がフィリピン人です。2007年(平成19)に船員教育のための学校をフィリピンに設立し、累計1100人以上が卒業し、航海士や機関士として活躍しています。彼らが日本食をつくるためには日本食をつくる免許が必要です。その他もインド料理など、各国の料理ごとに免許を取得する必要があります。

──最後に一等航海士として心がけていることをお話しください。

船の世界では「一等航海士がしっかりしていればその船はよく回る」といわれるほど、一等航海士には高いコミュニケーション能力が求められます。一等航海士は船長を支えながら、他の乗組員と分け隔てなく平等に接して、船内の潤滑油のような存在であるべきだと思っています。

  • 接岸中のコンテナ船。コンテナの大きさなどは国際的に統一されており、今日の海上貨物輸送の主流を占める(提供:日本郵船株式会社)

    接岸中のコンテナ船。コンテナの大きさなどは国際的に統一されており、今日の海上貨物輸送の主流を占める(提供:日本郵船株式会社)

  • フィリピン人の船員と並ぶ航海中の安藤さん。文化や風習の違いを認識しつつ、一等航海士として分け隔てなくコミュニケーションをとっているという(提供:日本郵船株式会社)

    フィリピン人の船員と並ぶ航海中の安藤さん。文化や風習の違いを認識しつつ、一等航海士として分け隔てなくコミュニケーションをとっているという(提供:日本郵船株式会社)

  • 従来の重油に比べて環境性能に優れる液化天然ガス(LNG)を運ぶLNG船(提供:日本郵船株式会社)

    従来の重油に比べて環境性能に優れる液化天然ガス(LNG)を運ぶLNG船(提供:日本郵船株式会社)

(2020年4月22日/リモートインタビュー)

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