機関誌『水の文化』65号
船乗りたちの水意識

Go ! Go ! 109水系
坂本クンと行く川巡り【特別対談】 Go ! Go ! 109水系
「30年先」を見据えた川談義
──残り90河川をどう巡るか?

知花武佳さんによる「日本河川風景二十区分」と一級河川(109水系)

知花武佳さんによる「日本河川風景二十区分」と一級河川(109水系)

今号は新型コロナウイルスの感染拡大防止により現地取材をとりやめました。代わりに本連載で巡った19河川を振り返り、さらに残りの90河川をどのような視点で巡ればよいのかを考えるために、東京大学准教授の知花武佳さんをお招きしました。ともに全国の一級河川109水系をすべて巡っている知花さんと川系男子・坂本貴啓さんがイメージする河川・流域の将来像はどのようなものなのでしょうか?30年後の日本の河川・流域の姿、そして人々の自然に対する意識やライフスタイルについて考えてみました。

知花武佳

東京大学大学院工学系研究科 准教授
知花武佳(ちばな たけよし)さん

1998年3月東京大学工学部土木工学科卒業、同大学院修士・博士課程修了。博士(工学)。同大学院工学系研究科にて研究員、助手、講師を経て現職。研究課題は河川生物の生育場評価、河川地形の形成過程解明、河川流域の地域特性解明など。2014年に半年かけて総走行距離2万3700kmに及ぶ全国一級河川巡りを敢行。

坂本貴啓

国立研究開発法人土木研究所 水環境研究グループ
自然共生研究センター 専門研究員
坂本 貴啓(さかもと たかあき)

2011年3月筑波大学第一学群自然学類卒業、同大学院修士・博士課程修了。博士(工学)。2017年4月より現職。研究課題は合意形成プロセス評価に関する研究、地方小河川の維持管理水準の把握、川を活かしたまちづくりなど。2012~2014年の間に2年半かけて少しずつ109水系を巡り、『川と人』巡り(河川市民団体調査)を敢行。

109水系
1964年(昭和39)に制定された新河川法では、分水界や大河川の本流と支流で行政管轄を分けるのではなく、中小河川までまとめて治水と利水を統合した水系として一貫管理する方針が打ち出された。その内、「国土保全上又は国民経済上特に重要な水系で政令で指定したもの」(河川法第4条第1項)を一級水系と定め、全国で109の水系が指定されている。

水の旅に乗り謎を解く達成感

──まずは、お二人が考える川巡りの楽しさとは?

坂本 上流から河口までじっくり回ると、水の旅に自分も乗っている感じがします。私の萌えポイントの一つが「流域界(りゅういきかい)」。峠道のトンネルの出口などに立ち「ここから先は○○川流域に流れていくのかぁ……」と想像すると感動すら覚えます。また、ダムや堰(せき)を見たり、人々の暮らしに思いを馳せたり、川のストーリーを満喫し、流域の実力を感じる広大な河口に行き着いたときの達成感もそうです。

知花 サバティカル(長期休暇)を利用し半年で109水系の内の70水系を回ったときは、効率よく日本一周するため一筆書きのようにたどったので、河口から上流へ遡ることもありました。逆順だと「謎解き」なんですね。海の近くまで大きな石があるのはなぜか、この雰囲気は上流にダムがあるな、影響のある支流が合流しているな……などと想像を膨らませ、時にあてが外れたりもして、最後に源流点を見極める感動と達成感も、川巡りの楽しさです。

──「流域界」という言葉は、普段あまり耳にしませんね。

坂本 降った雨が川に集まる範囲である流域の境界のことです。昔は流域が経済・行動圏の単位で文化の結び付きも強く、その境界が「くにざかい」のようでした。

知花 そもそも流域という言葉自体、多くの人が「川の周り」くらいのイメージですよね。しかし、雨の集まる範囲なので、暮らしのあらゆる影響が川に出てしまう。流域単位で見ると、川を大事にしている流域と、そうでない流域では明らかに川の姿が違うのです。

坂本さんが下流から上流へと遡り、知花さんが上流から下流まで初めてじっくり見たという「安倍川(あべかわ)」。幹川流路延長51km、流域面積567km2(提供:坂本貴啓さん)

坂本さんが下流から上流へと遡り、知花さんが上流から下流まで初めてじっくり見たという「安倍川(あべかわ)」。幹川流路延長51km、流域面積567km2(提供:坂本貴啓さん)

遊び場としての川、治水の歴史を刻む川

──坂本さんが連載取材を終えた19水系について、知花先生はどんな印象をもたれましたか。

知花 おもしろい川を回られていてうらやましいです。私は日本列島を主要な構造線で五区分し、さらに細分化して「日本河川風景二十区分」を行ないました(図)。坂本さんが巡った川と照らし合わせると、あとは東北地方太平洋側の北上川や阿武隈川、近畿の淀川水系、矢作川(やはぎがわ)や鈴鹿川(すずかがわ)といった砂(すな)河川、そして九州中部を回れば、日本の川風景の特徴を一通り見たことになるのでは?

坂本 改めて振り返ってみると、先生の区分したところを回ってきた気がします。違う川を見たい、と感覚的に求めていたのですね。特徴として川の差異と類似を捉えやすくなるので、ご指摘のとおり今後も参考にさせていただきます。

知花 さすがだと思います、坂本さんの川の選定は。

──お二人が気になっている河川とその理由を教えてください。

坂本 阿蘇の源流域から別府湾に注ぐ大野川(おおのがわ)です。おもしろかったのは、河川プールや堤防斜面草スキー場など、川そのものを丸ごと子どもの遊び場にしている点です。堤防斜面では草スキーをしていましたし、滑り台もある。こんな堤防の使い方は初めて見ました。子どもが遊べる空間になっているかどうかは、川の評価指標の大切な一つではないかと思います。

知花 子どもの水辺での活動が比較的盛んなのは中国地方ですね。花崗岩(かこうがん)が風化してできた砂の多い穏やかな川で、山あいの細すぎず広すぎない谷がゆるやかに山の上まで続き、町と里が近いからです。私が気になるのは大河ドラマ『麒麟がくる』の明智光秀ゆかりの福知山市を流れる由良川(ゆらがわ)。洪水の常襲地で、光秀が堤防代わりに築いた「明智藪」が残され、堤防が御神体の「堤防神社」もあり、治水記念館で洪水との闘いの歴史がわかります。バスの屋根の上で一夜を明かし救出された人がいた水害も記憶に新しい。屈強な堤防が完成し、新たな治水の形がどうなるのかに関心をもっています。

  • 岩手県の中央をほぼ北から南に流れる「北上川」。東北最大の河川として知られる。幹川流路延長249km、流域面積1万150km2(提供:知花武佳さん)

    岩手県の中央をほぼ北から南に流れる「北上川」。東北最大の河川として知られる。幹川流路延長249km、流域面積1万150km2(提供:知花武佳さん)

  • 生まれ育った遠賀川から遠く離れた場所で坂本さんが初めて好きになった「矢作川(やはぎがわ)」。今でも「初恋の川」と呼んでいる(提供:坂本貴啓さん)

    生まれ育った遠賀川から遠く離れた場所で坂本さんが初めて好きになった「矢作川(やはぎがわ)」。今でも「初恋の川」と呼んでいる(提供:坂本貴啓さん)

  • 広島県西部を流れる太田川の支流「三篠川(みささがわ)」。中国地方の河川は砂が多い。また、子どもの水辺での活動が盛ん(提供:知花武佳さん)

    知花さんの「気になる川」
    広島県西部を流れる太田川の支流「三篠川(みささがわ)」。中国地方の河川は砂が多い。また、子どもの水辺での活動が盛ん(提供:知花武佳さん)

  • 京都府、滋賀県、福井県の境の三国岳を源として日本海に注ぐ「由良川(ゆらがわ)」。幹川流路延長146km、流域面積1880km2(提供:知花武佳さん)

    知花さんの「気になる川」
    京都府、滋賀県、福井県の境の三国岳を源として日本海に注ぐ「由良川(ゆらがわ)」。幹川流路延長146km、流域面積1880km2(提供:知花武佳さん)

  • 大分県中央部を流れる「大野川(おおのがわ)」。幹川流路延長107km、流域面積1465km2。川がプールになっている「入田中島公園名水河川プール」(右)と堤防裏の斜面で草スキーが楽しめる「鶴崎スポーツパーク」(左)(提供:坂本貴啓さん)

    坂本さんの「気になる川」
    大分県中央部を流れる「大野川(おおのがわ)」。幹川流路延長107km、流域面積1465km2。川がプールになっている「入田中島公園名水河川プール」(右)と堤防裏の斜面で草スキーが楽しめる「鶴崎スポーツパーク」(左)(提供:坂本貴啓さん)

  • 筑紫平野を流れる小河川。坂本さんが好きな「砂(すな)河川」に分類されるもの。川底が黄土色なのはさらさらした砂が積もっているため(提供:坂本貴啓さん)

    筑紫平野を流れる小河川。坂本さんが好きな「砂(すな)河川」に分類されるもの。川底が黄土色なのはさらさらした砂が積もっているため(提供:坂本貴啓さん)

上下流を知ることで価値観が多様に

──冒頭でお話に出た、行政区分を越えた流域として川を捉えると、どんな可能性があるのでしょう。

坂本 これまで出張などで移動が多く、現地に行っても今どこにいるのかわからなくなる瞬間が多々ありました。しかし、コロナ禍で自宅にいる時間が長いと、自分がその地域に身を置いていることを実感します。それが流域を意識する瞬間なのかもしれません。仕事はオンラインで済ませ、夕方には近くの川へ散歩に出るとか。これを機に、居を構える流域に重心を置いた暮らし方に目が向くといいですね。

知花 流域は山の尾根で区切られた地形なので、土地の特徴がよく出ています。その魅力を見直すと同時に、自分の地域で消費される水は流域に降った雨で賄えているのかを考えるのも大切です。例えば町の子どもたちと里の子どもたちとの上下流交流を東京都世田谷区と群馬県川場村が実施しています。流域こそ多摩川(たまがわ)と利根川(とねがわ)で違いますが、成功例の一つでしょう。飲み水がどこから来ているか、その水でどんな農産物が育つのかを知ると流域の特徴が体感できます。

坂本 上下流交流では、52号の取材で訪ねた天竜川(てんりゅうがわ)で諏訪湖周辺の子どもたちが中田島砂丘のウミガメの孵化(ふか)に立ち会う話を聞きました。また、63号の岩木川(いわきがわ)では、流域の農水産物による人口扶養力が流域人口の2.3倍で、こうしたポテンシャルも流域の魅力を示す指標の一つだと思います。

知花 なるほど岩木川は豊かなんですね。近くだと、八郎潟の大潟村なども大きな家がコンパクトにまとまり広大な農地が見渡せ、先人のおかげで豊かな土地になっています。

私は下流の都市部で育ちましたが、普段は河川につながる側溝でオタマジャクシやスジエビを捕まえて、休みの日には上流で魚を追いかけていました。つまり、日常は用水路で遊んで、週末にふっと山のなかへ行くという2つの行為がセットだった。このバランスがよかったのかもしれません。上流と下流では自然も生活も異なるということを子どものころに感じると、価値観が凝り固まらない気がします。

  • 天竜川河口の右岸にあるアカウミガメの産卵保護区。上流域の人も訪れる

    天竜川河口の右岸にあるアカウミガメの産卵保護区。上流域の人も訪れる

  • 岩木川の下流域に広がる水田地帯。江戸時代中期から開拓が続けられた

    岩木川の下流域に広がる水田地帯。江戸時代中期から開拓が続けられた

居心地がよくて人が集まる空間へ

──この連載は、基本的に年に3回取材するので、残り90河川を回り終えるのは30年後。そのとき、日本の河川・流域の姿と人々の暮らしや自然に対する意識はどう変わっているでしょうか。

坂本 近年、気候変動の影響で広域的な水害が同時多発的に起きています。特に中小河川がこれまでにない降水量によって大きな外力を受けて被害が大きい。中小河川の水害対策が重要な課題になるでしょう。また、地方の小河川では集落の人が草刈りや取水口の掃除などに携わり自治意識が強いですが、人口減少で管理の担い手がいなくなり川が荒れる心配があります。例えば北海道大学の苫小牧研究林のなかの川のように、大学が実験河川として利用する代わりに実質的な管理をするとか、今の占用許可制度や河川協力団体制度を発展させながら、誰かが使うことにより水辺が居心地よく人が集まる快適な空間になるしくみが確立されていくといいなと思います。

知花 日本は山と海の国ですが、川はそれらをつなぐ血液といえます。その大切さが意識されないのは、川が暮らしに身近ではないからです。水を汲まない、魚も獲らない、泳がない。家や畑と同じで川も使わなければ荒れてしまいます。最近の学生に理想の川の姿について聞くと、新しくできた複合タワー施設「渋谷ストリーム」の渋谷川(しぶやがわ)のように「近づかなくてもきれいに見える川」と答える学生がかなりいます。つまり川が遠くから眺める存在になっている。とはいえ、今の学生も地形や地名の話には食いつきがよく、それを入口に川に興味をもつことがあります。川は地学、地理、日本史、文学、生物、化学、物理などあらゆる分野の最良の教材。そんな使いみちが増えるといいですね。

もう一点、私が2014年(平成26)に日本一周したとき幸いだったのは、スマートフォンでその場の地質も河川整備計画も確認できたこと。少し前なら地質図を買いそろえて持ち歩かなければなりませんでした。ならば、30年後には、流域の明治時代の暮らしが見えるとか、洪水のイメージが再現できるとか、それ以上に思いもつかないことが仮想体験できるようになるはずです。昔ながらの川の使いみちにこだわりすぎず、デジタル技術の進歩を川との親和性を高めるために利用する、といった発想の転換によって、いつかまた水辺で遊ぶおもしろさに気づく人たちが増えるかもしれません。

坂本 仮想空間で予習しておけば、実際に行った際に、水の冷たさや草の匂いや大地の起伏に触れるという二段構えの「肥えた目」で川の細部を知ることもできますね。

──30年後の川の姿と人々の暮らしを見据えながら連載を続けたいですね。ありがとうございました。

(2020年6月15日/リモート対談)

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