機関誌『水の文化』67号
みずからつくるまち

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地下水と水道

地下水を持続可能にする自然の恵みと人々の努力

全町民が地下水で暮らす東川町は、「上水道のない町」を標榜している。一般的な上水道を「集中管理型」の水供給システムとするならば、各戸が電気ポンプなどで地下水を汲み上げて利用する東川町は「分散型」といえる。町域全体をカバーする水道網をつくらないことのメリットとデメリットについて、東京大学大学院の教授で厚生労働省新水道ビジョン策定検討会の座長などを務める滝沢智さんに聞いた。

滝沢 智

インタビュー
東京大学大学院
工学系研究科 教授
滝沢 智(たきざわ さとし)さん

1959年東京都生まれ。1983年東京大学工学部都市工学科卒、同大大学院博士課程修了。長岡技術科学大学助手、建設省(当時)土木研究所主任研究員、東京大学工学部助教授、アジア工科大学助教授(JICA派遣)などを経て2006年から現職。研究分野は「アジアの都市水システム」「都市と地下水環境」「高度浄水処理」「都市水システムの計画および維持管理」など。著書に『環境工学系のための数学』『水質環境工学』などがある。

「上水道のない町」その水源と定義

東川町は「上水道のない町」をセールスポイントの1つにしていますね。ただし、厳密に言うと「水源が地下水」であることと、水道法が定める「上水道」がないことは、意味合いが少し異なります。

日本の水道法における「水道(上水道)」とは、「導管や工作物により、水を人の飲用に適する水として供給する施設の総体」を指します。そして給水人口が5001人以上ならば、たとえ水源が地下水でも「上水道」ですし、給水人口が101人以上5000人以下ならば「簡易水道」。いずれも水道法の対象となる「上水道」です。つまり、日本では水道を給水人口で定義しているのです。熊本市の水源は地下水ですが、約74万人が住むので「上水道がある」ということになります。

東川町の特徴は、約8300人が住んでいるにもかかわらず、その圧倒的多数が「自前の井戸」で給水していることです。「専用水道」(注1)や、水道法に基づく水道事業には該当しない「飲料水供給施設」(注2)があるにせよ、その割合はごくわずかで、ほとんどが自前の井戸です。「上水道のない町」と聞いて、たしかにそうも言えると思いました。

ちなみに、飲料水供給施設は、水道法に基づく水道事業ではないため塩素消毒の法的な義務はありませんが、多くの自治体では条例により塩素消毒を行なうように定めています。同様に、個人宅に設置された井戸についても、衛生的な安全性の確認が必要です。

(注1)専用水道
寄宿舎や社宅(マンション)、療養所などにおける自家用の水道。水源の規定はない。

(注2)飲料水供給施設
50人以上(地下水汚染地域にあってはこの限りではない)100人以下を給水人口とする飲料に適した水を供給する施設。

  • 東川町の飲料水供給施設と専用水道

    東川町の飲料水供給施設と専用水道
    ※飲料水供給施設と専用水道は東川町が整備し、飲料水を供給
    ※使用料は無料。ただし、受益者分担金ならびに維持管理に要する経費は徴収している
    出典:東川町発行『東川町の地下水 2020年度版』

  • 東川町の飲料水供給施設。井戸を掘っても地下水が得られにくい地域に設置している

    東川町の飲料水供給施設。井戸を掘っても地下水が得られにくい地域に設置している

良質だからできる「分散型」の水供給

東川町が飲料水を自前の井戸で供給できる最大の理由は、質のよい地下水が大量に存在するからです。実は、首都圏も湧水は多いのですが、汚染されて飲料水に適さない場合がほとんど。その点、東川町は汚染を受けにくい土地に位置し、人口密度があまり高くないので汚染される危険性が低いうえ、地下水の保全条例を定めて「地下水を守る努力」をしています。

さらに、地下水の利用量があまり多くない。熊本市も地下水は豊富ですが、工場を誘致するなどした結果、利用量が増えて地下水盆(注3)が小さくなったので、地下水を涵養しようと動いています。

厳密な定義は別にして、東川町が「上水道のない町」を唱えることで、対外的には「これからも地下水を守っていく」と宣伝できますし、町民に対しては「自分たちは地下水を守らなければいけない」と訴えることにもなる。町として定点観測用の井戸を持ち、定期的に水質を検査して結果も公表していますし、地下の地層図も示しています。地下水をたんにPRするのではなく、考え得るすべての対策を講じていると思います。

その姿勢が、良質な地下水を維持し、「集中管理型」ではない、東川町ならではの「分散型」水供給システムを可能にしているのです。

(注3)地下水盆
1つの大規模な帯水層、または帯水層群の分布地域のこと。日本には210の地下水盆が存在するとされ、特に九州地方が突出して多い。

  • 東川町の給水標準図

    東川町の給水標準図
    ※東川町が衛生的で安全な生活用水を町民が得るための参考として、個人が設置する標準的な飲用水施設の構造を記したもの
    ※地層の状況は場所によって異なること、井戸を設置した場合は飲料水として問題ないか水質検査を行なう必要があること、水質検査の結果は井戸施工業者から必ず受け取ることなども併記している
    出典:東川町発行『東川町の地下水 2020年度版』

  • 大雪旭岳源水を汲んで持ち帰る札幌市在住のご家族。「東川町の水は有名」と言う

    大雪旭岳源水を汲んで持ち帰る札幌市在住のご家族。「東川町の水は有名」と言う

当たり前ではない自分たちの財産

これからも地下水を維持するために気をつけたいのは、水質の事故を起こさないことです。飲み水から大腸菌が検出されたり、誰かが健康を害したりすれば、イメージが悪くなります。大雨で家畜の排泄物が流れ出て、地下水を汚染した事例も海外にはあるのです。

地震もリスクです。2018年(平成30)9月の北海道胆振(いぶり)東部地震では、停電でポンプが動かせず水が汲めなかったと聞きました。2016年(平成28)の熊本地震では、地盤が緩んで帯水層に砂が混じり、飲むことができませんでした。地下水を汲み上げるパイプが曲がってしまうこともあり得ます。

また、下水管や合併浄化槽といった地下埋設物にも注意が必要です。東川町の地下水位は3~7mと比較的浅いので、仮に下水管から漏れると汚染が広範囲に広がる恐れがあります。敷地が広ければ自宅で洗車をする人も多いと思いますが、ちょっとした土やコンクリートのすき間から洗剤が地下に浸透する可能性がありますので、車はガソリンスタンドや洗車場で洗ったほうがよいでしょう。

そうしたリスクを理解し、地震などに備えて3日分の飲料水を用意する、自宅を改築する際は技術の高い施工会社に依頼するなど、一人ひとりの心備えが重要です。

かつて、上水道が開通した当初は「水が来た」と喜ばれましたが、今は当たり前になってしまいました。今の日本で、東川町のように地下水だけで暮らせる地域は極めて稀です。その環境を維持するには「地下水を大切にしよう」と町民が心を合わせ、努力を続けることが必要です。

「当たり前」と思わずに、自分たちの財産として子や孫の世代に受け継いでほしいですね。

(2020年12月18日/リモートインタビュー)

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