果実の消費が増えると、砂漠化や地球温暖化などの環境問題の解決につながる―そう気づいて独自の研究を進め、「フルーツ中心にほぼ果実だけの食生活」を4300日以上、約12年間続ける一方、講演などで「フルーツ食」の普及活動を続けている人がいる。中野瑞樹さんに果実がもつ可能性についてお聞きした。
中野さんが果実をしっかり食べたいときに用意するフルーツの盛り合わせ「キラフル丼」 写真提供:中野瑞樹さん
インタビュー
フルーツ研究家
中野瑞樹(なかの みずき)さん
和歌山県出身。京都大学農学部卒業(農学修士)。元アメリカ国立海洋大気庁客員研究員。元東京大学教員(工学部)。2009年9月から、フルーツを中心に、ほぼ果実だけの食生活を続ける。趣味はベランダ果園。
現在、私は99.9%、フルーツを中心とした果実のみで生活しています。果実とは、植物の実と種の部分のことで、リンゴやミカン、スイカなどのほか、クリやナッツ類、トマト、キュウリ、ナスなども含まれます。残りの0.1%は塩と海藻(アオサ)で、これは果実ではどうしても摂取できないミネラルを補うためです。それ以外の肉や魚、葉野菜や根菜、穀物類は一切食べていません。水もお茶も飲みません。フルーツが体に及ぼす影響を観察するため、果実以外の要素は極力排除しています。
朝は起きたら一番に、夏場ならスイカ、冬場ならミカンなど、水分の多いフルーツを口にします。おなかを満たすより、まず喉を潤し、体に水分を補給することがなによりも大事だからです。あとは渇きを感じたら、そのつど、こまめにフルーツをつまみます。さらにしっかり食べたいときには「キラフル丼」と呼んでいる、数種類のフルーツやクリなどの果実の盛り合わせを食べています。
また、最近は食品ロスを減らすため、甘夏の薄皮やナシの芯などふだん捨てられる部位を入れた、果実だけの無水スープも飲んでいます。1日にフルーツだけで2kgくらい食べます。
このように徹底した果実食を12年近く続けていますが、健康診断で悪い数値は出ていません。でも、あくまで自己責任の実験です。私のような極端な食生活をほかの人に勧めるつもりはありません。
なぜ私がほぼ果実だけの食生活を送ろうと思ったのか。その背景をお話しします。
学生時代に、京都大学農学部で砂漠などの緑化の研究をしていました。
世界の陸地の3分の1は森林ですが、森林破壊は地球温暖化にもつながります。国連食糧農業機関(FAO)によれば、過去30年で日本の国土の11倍以上の土地の森林が消失しました。その原因の一つが、農業開発による森林破壊です。機械や輸送などのエネルギーを加味せず単純化すれば、穀物や野菜など草を栽培する田畑は毎年土地が更新されるため、二酸化炭素の排出はプラスマイナスゼロです。
ところが、樹木なら成長過程で大きく二酸化炭素を取り込むので、植樹は地球温暖化対策になります。植樹の経済化といえば、林業と果樹栽培です。なので、荒地や田畑が果樹園になれば、それだけで温暖化対策になります。
学生時代、研究で中国の内蒙古を訪れたとき、岩盤むき出しの荒山に、リンゴやアンズなどが植樹されているのを見ました。潅水(かんすい)せず雨水だけで、数年後には実がなり、生産者の収入になります。もうかれば荒地が果樹園になるという好循環に、環境問題に対するフルーツの可能性を見出しました。
その後の教員時代、健康を支える主要な食材としてフルーツがもっと消費されれば、世界で果樹園が増え、荒地が果樹園に変われば、温暖化対策にも役立つのではないか。そう考えた私は、独学でフルーツ栄養学を勉強しはじめました。
フルーツは、水分や糖質のほかに、食物繊維、カリウム、ビタミン、ポリフェノール、カロテノイドなど、現代日本人が不足する栄養を多く含む総合栄養食品です。しかし、日本人のフルーツ摂取量は、国が勧める1日目標量200gの半分もありません。医療従事者を含めて多くの人が、ルーツがお菓子と同じ嗜好品と認識し、フルーツを食べすぎると体に悪いといった思い込みがあるからです。
しかし、フルーツの食べすぎに関する人間での臨床研究はありません。そこで、研究者の端くれとして自らが実験台となって、フルーツの健康効果を実証しよう。そう決意して、2009年(平成21)9月にフルーツを主食とした果実食生活に踏み切りました。
フルーツの優れた特性は、他の場面でも活用できます。その一つが災害時です。私は阪神・淡路大震災を京都で経験し、東日本大震災のときは東京にいました。東日本大震災の後、スーパーマーケットではミネラルウオーターや保存食の棚が空っぽになりましたが、生鮮売り場にはデコポンなどのフルーツが山積みでした。フルーツは生もので嗜好品という認識なので、緊急時には誰も買おうとしないのですね。誰もいないフルーツ売り場で一人、じっくり選んでフルーツを買うことができました。
フルーツは非常食としても優秀です。大半のフルーツは80〜90%が水分で、貴重な水分補給源になりますし、消化吸収がよく、ビタミンや食物繊維なども摂れます。また、皮の厚い柑橘類や大玉スイカなどは日もちがよく、常温で保存可能です。
2016年(平成28)の熊本地震後、震源地の益城町から、フルーツを差し入れてほしいと依頼を受けました。私は和歌山の果樹農家の協力を得て、500kg以上の柑橘類とリンゴを益城町まで運びました。
フルーツを持ち込むと、避難所の空気が一変し、パッと明るくなりました。ハッサクや甘夏の香りに誘われて人々が集まり、みずみずしい果実を口にして笑顔が広がりました。涙を流して喜ぶお年寄りもいました。
避難所で提供される食事はおにぎりや弁当、菓子パンなどが中心で野菜が絶対的に足りません。そのためビタミン不足で風邪をひく人や、便秘になる人がとても多い。一般的に加熱調理が必要な野菜の代用となるため、 フルーツが果たす役割は非常に大きいのです。
生ものは危険との意見もありますが、日本ではフルーツが原因で食中毒が起こることはほぼゼロです。フルーツをもっと災害時に活用できるよう、今後も働きかけていくつもりです。
多くの国では、国民の健康増進を目的とした食事ガイドを設定していますが、カナダやアメリカ、シンガポールでは1食の半分をフルーツと野菜にしましょうと指導しています。フルーツを野菜と同等な必須食品と認識しているからです。一方、日本の食事バランスガイドは逆ピラミッド型で、フルーツは野菜とは別の小さい枠に入っています。
国連機関による各国の国民一人当たりのフルーツ供給量(摂取量と廃棄量の合計・2013年)を比較すると、アメリカ286g、イギリス349g、中国258gに対し、日本はわずか145gです。
日本では古くから米などの穀物を主食としていたため、フルーツをメインに食べる習慣が生まれなかったのでしょう。どちらかというと贅沢品の位置づけだったので味や色かたちのいいものが好まれ、高級化が進んだ結果、気軽に食べられないのが現状です。
間違った健康常識も、消費を抑える要因になっています。国連は、がん、心臓病、糖尿病、肥満の予防になるとして、フルーツと野菜を合わせて、毎日400g以上食べることを勧めています。日本人のフルーツ摂取量は、先進国で最下位です。健康な方であれば、フルーツの食べすぎに注意するのではなく、健康増進のため、毎日しっかり食べるべきです。
ただし、糖尿病や慢性腎臓病や食物アレルギーのある方などは、医師の指示に従ってください。
サバンナには野生のイチジクの木があって、1本の木が年に数回、1トン以上の実をつけます。その実を食べにキリンやゾウがやってきます。鳥や虫も集まってくる。1本の果樹がたくさんの生きものに恩恵を与えています。
樹木が増えれば、CO2を吸収して地球温暖化の防止にもつながります。荒地に果樹園をつくれば緑が増え、食糧も増えると同時にその土地の人々に経済的な潤いをもたらします。つまり、消費者が、生産者を介して温暖化抑制に寄与できるのです。今、世界各国がSDGsに取り組んでいますが、フルーツが世界を救うカギの一つだと確信しています。
私は果実食実験を生涯続けるつもりです。そして、フルーツに対する世間の認識を変えたいと思っています。
(2021年4月16日/リモートインタビュー)