機関誌『水の文化』69号
Z世代の水意識

Z世代の水意識
総論

「ローカル」「ソーシャル」「スロー」を希求する
成熟社会の若者たち

今の若者は、地域や自らの地元への意識や関心が高いといわれているが、その背景には何があるのか。社会保障や環境、医療、都市・地域に関する政策研究から死生観などを巡る哲学的考察に取り組む広井良典さんは、日本における若者への社会保障などの支援がきわめて手薄だと危機感を抱いている。今の若者(Z世代)に見られる傾向や、私たち先行世代が若者たちのためにすべきことなどを、広井さんに語っていただいた。

広井 良典さん

インタビュー
京都大学 こころの未来研究センター教授
広井 良典(ひろい よしのり)さん

1961年岡山市生まれ。東京大学大学院修士課程修了後、厚生省勤務を経て1996年から千葉大学法経学部助教授、2003年同教授。2016年より現職。専攻は公共政策および科学哲学。『コミュニティを問いなおす』(第9回大佛次郎論壇賞受賞)『定常型社会』『ポスト資本主義』『人口減少社会のデザイン』など著書多数。

生まれ育ったまちを世界一住みやすく

ここ10年くらい、ゼミの学生などを見ていて気づく若者たちのある種の傾向があります。顕著な順にキーワードで表すなら、「ローカル」「ソーシャル」「スロー」です。

ローカル志向、すなわち地域や地元への関心が高まっています。最初にそう感じたのは、静岡県出身の学生がゼミの志望理由として「自分の生まれ育ったまちを世界一住みやすいまちにすること」をテーマに挙げたときです。それまであまり聞いたことのない関心事でした。

また、地元である新潟県の農業の再活性化を研究課題としたり、愛国心ならぬ「愛郷心」を軸にした地域コミュニティの再生を卒論のテーマにする学生も現れました。

もともとグローバルな問題に関心があったけれど、むしろ重要なのはローカルな問題だと海外留学中に気づき地元の活性化にかかわりたいと中途で帰国したり、東京の大企業に就職したけれど郷里の地場産業にUターンするといった例も目に留まるようになったのです。

こうした若い世代の「地元志向」は文部科学省や内閣府などの調査でも明らかにされています。その背景には2008年(平成20)あたりから到来した人口減少社会、もう少し広くいえば成熟社会への移行という変化があるでしょう。高度成長期からバブル期あたりまでは、世の中が一つの方向に集中することで拡大・成長していきました。それは「遅れている地方」から「進んでいる東京」へと、時間軸に沿って各地域が位置づけられた時代でした。明治時代以降の人口の急速な増加期とは、良くも悪くもすべてが東京に向かって流れていく中央集権化が進む時代だったのです。

ところが現在本格化しつつある人口減少社会ないし(格差の問題をひとまず置くとして)ある程度の物質的豊かさが実現された成熟社会では、時間軸が後景に退き、空間軸に沿った逆の流れが展開していきます。それぞれの地域のもつ多様な価値や特徴に関心が向くようになり、それが時代の流れに敏感な若い世代のローカル志向にも反映していると思うのです。

  • 図1経済システムの進化と「ポスト情報化」

    広井良典さん提供資料をもとに編集部作成

  • 図2地域によって異なる課題(人口規模別、複数回答可)

    出典:広井良典さん提供資料(2011年調査)

社会課題への意識の高さと他人を押しのけない感性

工業化を中心とする成長社会では、鉄道や道路や空港などのインフラ整備が一つの地域だけでは完結せず、おのずと国レベルの中央集権的な計画が重要で、それが経済成長にも有効でした。しかしポスト工業化の成熟社会へ移行すると、福祉や環境、コミュニティやまちづくりといった分野やテーマが大きな課題になります。これらは、とりもなおさずローカルな性質の問題群です。現在の日本が抱える社会課題を解決するためには各々の地域レベルから出発しなければならないことを、しっかりした問題意識をもつ若い世代ほど強く感じとっているのでしょう。

こうした「ソーシャル」な意識の高さも、Z世代以前から顕著な傾向です。私の周りで象徴的な例を挙げれば、田畑に特殊な形の太陽光パネルを設置し営農継続と再生可能エネルギー普及の一石二鳥を目指す「ソーラーシェアリング」の大学発ベンチャー企業を立ち上げた卒業生がいます。環境問題への貢献意識の高さは、小学生くらいから「このままだと人類の未来は危ない」という警鐘に接してきた世代特有のものでしょう。

もう一つのキーワードである「スロー」ですが、これもZ世代以前からの傾向として、ガツガツしていないし、「われ先に」の感覚がない。言い換えれば、他人を押しのけても優位に立とうとする上昇志向が希薄です。そもそもそうした、いうなれば「昭和的ハングリー精神」を今のZ世代に求めても無理ですし、物質的な欲求がほぼ満たされた成熟社会において、利己的な成長至上主義はあまり意味がないのです。

高度成長期の負の遺産から若い世代を解き放とう

山登りにたとえれば、人口増加の時代には集団で一本の山道を登っていましたが、人口減少時代の成熟社会になった今、いわば山頂に達したといえるでしょう。つまり視界が360度開けたのです。

これまでは、多勢が決められたゴールに向けて一本道をしゃにむに歩いてきましたが、これからは各々が視野を広げ自由に道を選び、好きなことを追求して創造性を開花させる時代です。従来型の一本道の成長志向に拘泥すると持続可能性が阻害され、経済も停滞していきます。

Z世代が多様に好きな道を選ぶ生き方を上の世代が邪魔してはいけないと思います。1987年(昭和62)の国連「環境と開発に関する世界委員会」(ブルントラント委員会)の報告書の定義によれば、持続可能性とは「将来の世代のニーズを満たしつつ現在の世代のニーズも満足させる」ことです。つまり、将来の世代も今の豊かさや権利を享受できるようにするのが持続可能性の最大の肝なのですが、莫大な国の債務を将来世代にツケ回している日本の現状は、残念ながら持続可能性を損なっています。この問題を上の世代はもっと重く受け止める必要があるでしょう。

「ローカル」「ソーシャル」「スロー」のキーワードに象徴される若い世代の傾向は、これまでの日本社会が敷いた閉鎖的で同調圧力の強い一本道から、開放的で自由な価値観を重んじる多様な道筋へと分岐する萌芽です。それを摘みとらないようにするには、上の世代の責務として、従来型の成長志向や借金のツケ回しといった高度成長期の負の遺産から若い世代を解放しなければなりません。

  • 図3「人生前半の社会保障」の国際比較(対GDP比、2015年)

    OECDデータをもとに広井良典さん作成

  • 図4公的教育支出の国際比較(対GDP比、2015年)

    OECD, Education at a Glance2018より広井良典さん作成

「八百万の神」など伝統的な自然観に関心

私たちは10年ほど前から、自然と一体となった地域コミュニティの拠点である「鎮守の森」と自然エネルギー拠点整備を結びつけ、ローカル・コミュニティの活性化を図る「鎮守の森コミュニティ・プロジェクト」を、ささやかながらも各地で進めています。

直近の進展としては、埼玉県秩父市で市民共同出資による水車使用の小水力発電が稼働しました。最大出力50 kW、100世帯強の電力量を賄えます。中心になって進めたのは定年退職されたあと私たちのプロジェクトに参加した宮下佳廣さん。鎮守の森と再生可能エネルギーが結びついた重要な一歩と考えています。

同プロジェクトの導きの糸となった岐阜と福井の県境にある石徹白(いとしろ)地区は、小水力発電を通じた地域再生事業で全国的に注目されています。外資系のコンサルティング会社を経て地元の岐阜にUターンしたNPOの人が中心になって進めており、若い世代のローカル志向の先駆的な事例といえます。(注)

地球規模で見ても、風土や環境の多様性こそ、宗教や文化の多様性の土台です。そして風土と環境で最大の要素が「水」にほかなりません。例えば砂漠のような水の乏しい環境では自然と一体となったら死んでしまいますから、どうしても人間が自然をコントロールし、その背景に神が存在する世界観になります。

それに対して、日本のように水の恵みが豊かな風土では、自分を取り囲むみずみずしい緑や森があり、さらに生命すべてを包み込んで自然と宇宙があるという世界観になります。すると自然と一体になるのが人間にとって望ましい状態であり、その起点となるのが「水」なのです。

そうしてみると、小水力発電は地域密着型のわかりやすい活性化の試みではないかと考えています。石川県加賀市に移住して小水力発電を柱にした地域再生に取り組もうとしている私のゼミの卒業生もいます。

ご存じかもしれませんが、全国の神社数は約8万8000です。これは約6万で飽和したコンビニ数より多いのです。

「鎮守の森コミュニティ・プロジェクト」の一環で各地の神社を回ると、若い世代の参詣者が目立ちます。茶髪のカップルが神妙な顔でお祈りしていたりする。パワースポット巡りの一環でもあるのでしょう。そういう人たちは環境に関して特に社会的な行動は起こさないけれど、生物多様性の発想そのものといってよい「八百万の神様」が基底にある伝統的な自然観に関心が向いていると考えられます。

地域や地元への関心が高まっていること、そして持続可能な社会を先取りする若い世代の傾向を私は期待を込めて見つめ、新たな希望も抱いています。

(注)石徹白地区の取り組み
『水の文化』60号「地域おこしを支える『水への信仰』の記憶」参照
https://www.mizu.gr.jp/kikanshi/no60/07.html

岐阜県郡上市白鳥町にある石徹白集落では、全世帯が参加して小水力発電に取り組んでいる。そのシンボル的な存在である「上掛け水車」(最大出力2.2kW)

岐阜県郡上市白鳥町にある石徹白集落では、全世帯が参加して小水力発電に取り組んでいる。そのシンボル的な存在である「上掛け水車」(最大出力2.2kW)

(2021年10月1日/リモートインタビュー)

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    機関誌 『水の文化』 69号,広井良典,水と社会,エネルギー,都市,産業,若者,地域,ローカル,エネルギー

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