昨今は気温が40℃を超える地域もある。私たちはどのように気をつけて日々過ごせばよいのだろうか。熱中症や脱水に陥ったときのシグナルなども知っておきたい。陸上競技に取り組む大学生たちを指導している目加田優子さんに、熱中症の予防につながる水の摂取と望ましい食生活などを聞いた。
インタビュー
文教大学健康栄養学部 管理栄養学科 准教授
目加田 優子(めかた ゆうこ)さん
中村学園大学家政学部食物栄養学科卒業。女子栄養大学大学院栄養学研究科栄養学専攻博士前期修了。東京農業大学大学院農学研究科食品栄養学専攻博士後期修了。博士(食品栄養学)。二葉栄養専門学校栄養士科講師、東京栄養食糧専門学校管理栄養学科講師、文教大学健康栄養学部管理栄養学科専任講師を経て2016年より現職。研究テーマは「アスリートの栄養マネジメント」。ソフトテニス日本代表をサポート。東海大学、法政大学のスポーツ部も指導。
熱中症とは、体のなかの水分、つまり体液を失って体温が上がってしまい、体から熱をうまく逃がせなくなった状態を指します。目まいや意識が遠のく「熱失神」、こむら返りのように筋がけいれんする「熱けいれん」、脱力感や頭痛、吐き気を覚える「熱疲労」、体温が40℃以上になり脳機能に異常をきたす「熱射病」。これら4つをまとめて熱中症と呼びます。
体熱を逃がす方法はいくつかあります。1つは、体が熱くなると骨の中心部あたりにある動脈や静脈が体の表面に近いところまで少しだけ浮き上がるんです。それによって上がってしまった血液の温度を外気温で冷まそうとします。例えば、お風呂から出ると体表面が真っ赤になっていますね。それはこの働きによるものなんです。
2つめは生理的な行動です。人間は暑さから逃れようと上着を脱いで体に風を通そうとしますね。これは「行動性体温調節」と呼ばれています。
そして3つめが「汗をかくこと」です。運動して汗をかいて服が濡れると乾いた服に着替えるのが一般的ですが、体温は汗が乾くときに下がるので、ほんとうは汗で濡れたまま運動した方がいいんです。汗臭いし着替えたいのは当然ですので外で激しく運動する場合はあらかじめシャツを水で濡らしておく方法も効果があります。
一方、暑いなかで動いていると、腎臓の上にある副腎から出るホルモン「アルドステロン」が食塩などに含まれているナトリウムを体内に留めるために再吸収しようとします。それによって体液量が減らなくなり、結果的に汗が出にくくなるのです。
体内では、水分バランスを整えるために血管の位置を少し変え、薄着になるように促し、汗をかく、ホルモンによる調節などさまざまなことが行なわれています。
最近はゴールデンウイークごろから徐々に暑くなりますね。梅雨の気配を感じるような湿度の高い時期に熱中症は起きやすいです。私はアスリートの栄養指導をしていますが、6月になると水分や体温について説明したうえで「今が一番熱中症になりやすいよ」と警告します。7月以降になれば暑さに体が徐々に慣れる「暑熱順化(しょねつじゅんか)」が起きますが、その前が実は危ないのです。
熱中症にならないためには汗をかくことがもっとも大切です。ただし、熱中症は体液が少なくなって起きるので、前述した汗で濡れたシャツで運動する、あるいは運動する前に300~500mlの水をあらかじめ飲んでおくことも重要です。体液を保持するように気をつければ、熱中症は防げるはずなんです。
注意したいのは、グラウンドを広く使うスポーツです。サッカーや野球などはベンチが遠いので水分が補給しにくく、つい億劫になるので、試合でも練習でも給水が少なくなりがちです。事前に飲んでおくのはもちろん、運動したあとから寝るまでの間にしっかり水分を摂って翌日に水分負債を持ち越さないよう指導しています。
また、予防という観点では、熱中症につながりかねない脱水に気を配ることも必要です。トイレの回数が減る、体重が減る、夜中に喉が渇く、便秘になるなど脱水症のシグナルはいくつもあります。
私がもっとも有効だと思うのは、「自分の尿をチェックすること」です。色が濃い、量が少ないなどは要注意。尿の色についてはアメリカの消防士が使っている脱水レベルを知るチャートが有名ですが、厚生労働省が発表しているものでよいと思います。
熱中症になりやすいのは、世代別に考えるとやはり「高齢者」です。先ほどお話しした副腎によるナトリウム再吸収システムは加齢によって壊れやすいのです。また高齢者は暑さを感じづらいうえ、「夜中にトイレに行きたくない」と水を飲むのを我慢する傾向があります。介護されている高齢者の場合、「世話してくれる人に申し訳ない」と思うそうですが、遠慮しないでください。我慢して熱中症になってしまったら元も子もありません。命を落とす危険すらあるからです。
次は「幼児」です。背が低いため地面からの輻射熱(ふくしゃねつ)を大人より受けやすく、体温が上がりやすいのです。また、「日ごろから運動していない人」は汗をかきづらいので体温調節がスムーズにできません。あとは「肥満者」ですね。体熱は体の深部で起きやすいのですが、熱を放散しようとしても皮下脂肪が邪魔をするんです。太っている人に暑がりが多いのは熱放散が追いついていないからですし、口で呼吸することが多いのは呼気(こき)で熱を放出しているからです。
誰でも熱中症はなり得るもの。とにかく水分をしっかり摂ってください。「水とスポーツ飲料、どちらがいいの?」とよく聞かれますが、元気にスポーツを楽しんでいるような人ならば、「ちゃんぽんで飲んで」と答えています。アスリートや脱水症状がある人は経口補水液やスポーツ飲料がいいでしょう。ミネラルが入っているスポーツ飲料は速やかに脱水状態の体を回復させてくれますし、糖が多少入っている方が飲みやすいうえ、水分の吸収率もよくなるからです。特に問題なく暮らしている人たちは、水やお茶を飲めば十分です。
普通の人は水やお茶でよいと言いましたが、その前提となるのは「一日3回、しっかり食事を摂っていること」です。実は食事で摂る水分は相当な量なんです。お米を炊いたご飯は水分を含んでいますよね。野菜だって茹(ゆ)でても炒めても食物繊維に水分を含んでいます。
とすると、忙しいからといって昼食を栄養補助スナックとお茶1杯で済ませると圧倒的に水分が足りていません。おかずのそろった一汁三菜を食べるのとではその差は歴然としています。
もっともよくないのは食事を抜く「欠食」です。時間がなくて朝食を食べないことがたまにあるくらいならまだしも、毎日続くようであれば水分の摂取不足につながり熱中症になりやすい状態に陥ります。手軽に食べられる冷やし麺なら水分も一緒に摂れますが、おかずも必ず食べてくださいね。
あとはトマト、ナス、キュウリなど夏野菜を食べるのはよいでしょう。それは中医学(ちゅういがく)(注)でも言われていることです。中医学は現代の栄養学では説明しきれない部分もありますが、季節のものを食べるのは何かしらよい作用があるようです。青果店に並んでいる旬の野菜を買って、店主に料理法を聞くのは、熱中症予防のみならず、生活そのものの質を高めるうえでもよいことだと思います。
ちなみに野菜の皮にある色素成分が抗酸化作用をもっているそうで、機能性が研究されているところです。ナスやキュウリは皮をむくと効果がないそうです。
食事と水分は切り離されて考えられがちですが、食事を摂ることで水分不足を防ぎ、さらに体調不良の予防にもつながると思います。
そのためにもご自身で何をどれくらい食べて飲んでいるのかを記録してみてください。最短で3日間記録をとれば「食事調査」として成り立ちます。私がお勧めしているのは厚生労働省と農林水産省が定めた「食事バランスガイド」に付随する記録シートを使うことです。年代別など数種類用意されていますのでぜひ試してください。
まずは自分がどういう風に食べて飲んで、さらに言えば何時に寝て何時に起きたというところまで記録すると、健康管理という観点から水分の大切さ、さらに生活の質を高める水の摂り方まで見えてくるのではないでしょうか。
(注)中医学
中国の伝統医学のこと。薬物療法、針灸、養生などが含まれる。
(2023年3月30日取材)