暑い夏も寒い冬も日々走りつづけるランナーたちは、水分補給をどのように行なっているのだろうか。長距離走に取り組む大学生たちのトレーニング現場を訪ね、給水方法や日ごろの体調管理について探った。
マネージャーが手渡したボトルから水を飲む
毎年1月2日と3日に行なわれる東京箱根間往復大学駅伝競走(以下、箱根駅伝)を、新春の楽しみにしている人は多いだろう。コロナ禍は別として、沿道の声援からその人気ぶりは年々増しているように感じられる。
選手が襷(たすき)をつなぐ場面はもちろん大きな見どころだが、箱根駅伝好きにとってもう一つ見逃せないのが「給水」である。給水員が選手と並走しながらドリンクを手渡して鼓舞するシーンの裏には、出場大学それぞれのドラマがある。
その箱根駅伝に毎年のように出場している法政大学陸上競技部長距離チーム(以下、法政大学)を取材するため、多摩キャンパスを訪れた。今年の箱根駅伝で、法政大学はシード圏内の7位。タイムでは、大学新記録の好成績を打ち立てた。
トラックには授業を終えた選手たちから集まり、各々アップやストレッチを始めている。400m×10本のインターバル走(注)というハードな練習に取り組む選手も控えていた。フィールドで注意深く練習の様子を見守るのは、駅伝監督の坪田智夫さん。坪田さん自身、箱根駅伝を3回走り、2000年(平成12)の第76回大会では2区で区間賞を獲得したランナーだ。
この日は、5月の半ばにもかかわらず気温が30℃近くまで上がり、選手たちにとってこまめな水分補給が欠かせないようだった。
「選手たちには、喉(のど)が渇いたと感じる前から水分を摂ることを心がけてもらっています」と話すのは、陸上競技部長距離チームトレーナーの鴇田(ときた)昌也さん。
「特にこれからの季節は、運動時に大量に発汗するので、脱水が起こりやすくなります。ただ、喉が渇いたと感じる時点ですでに脱水は起きているので、その前に水分を摂取しておくことが肝心です。基本的には夏でも冬でも、練習中であるなしにかかわらず、1時間にコップ1杯(約200ml)くらいの水は飲んだ方がいいと選手たちには伝えています」
練習中にどれだけ水分を補給していても、それを上回る発汗で練習後には体重が落ちてしまう。そのため夜など、トレーニング以外の時間帯にも水分を摂ることが、翌日の回復につながるのだという。きちんとリカバリーできているかをみるうえでも、練習前後の体重計測は怠らない。
(注)インターバル走
「速く走る」→「ゆっくり走る」という疾走と緩走を繰り返すトレーニング。
「運動中の水分補給には必ずあった方がいい」と鴇田さんが話すのが「糖質」だ。水は脱水を防ぐためになくてはならないが、体を動かすエネルギー源である糖質は、ランナーのパフォーマンス向上に大きくかかわってくる。
「特に箱根駅伝やフルマラソンなどは、1時間や2時間走りつづけることになります。その間休みなく糖質を使いつづけるので、途中で補給しなければ運動強度を維持できません。フルマラソンでいえば、最初の5〜10kmは給水しなくても疲労は感じにくいですが、あえてその時点でスポーツドリンクを飲んで糖質を摂っておくことが、後半のスタミナ低下を防ぐことにつながります。だから大会のときの『スペシャルドリンク』には、糖質がたくさん含まれていることが多いです」と鴇田さんは説明する。
さらに、運動中は水よりも糖を含んだ水分の方が胃腸での吸収も速いという。ただし、スポーツドリンクは独特の後味から、運動中に摂ることを苦手とする選手も少なくない。「長い距離を踏むときは糖質を意識しますが、普段は水を飲むことが多いです」と話す選手も。そのため、個人の嗜好性や練習の負荷を踏まえ、水とスポーツドリンクをバランスよく使い分けているそうだ。
糖質の重要性は、食事にも共通する。特に長距離選手は運動中のエネルギー消費が激しいため、糖質を多く含む炭水化物の摂取がケガを防ぐためにも欠かせない。
「寮の食事ではパスタやパンも食べますが、やはり『白米』をしっかり食べることが重要です。白米はグラム数に応じた糖質の量が多いので、補給効率がいいのです。それに、水分を摂る意味でも食事は大切です。だいたい摂取カロリーと同じL数の水分を食事から摂れるので、食事で3500kcalを摂取した場合、約3.5Lの水分を摂ることができます」と鴇田さん。
糖質はエネルギーの主体だが、最近よく見かけるのが「糖質オフ」「糖質ゼロ」を打ち出す文言。鴇田さんによると、糖質を抑えれば脂肪の蓄積は減るものの、かわりに体は筋肉を分解してエネルギーをつくり出すため、筋肉量が減ってしまう可能性があるという。糖質制限が、万人にとって「体と健康にいい」とは限らないようだ。
選手たちの水分補給用のドリンクは、マネージャー陣が管理して準備を行なう。毎日5時半からの朝練前、そして午後の練習前に、水とスポーツドリンクをジャグやボトルに入れて準備しておくのが日課だ。マネージャーのリーダーを務める駅伝主務の西沢康平さんが、昨年の夏合宿での失敗談を教えてくれた。
「その日は午後に30km走を控えていたのですが、曇り予報だったので水だけで大丈夫だろうと、スポーツドリンクは準備しませんでした。でも予報が外れてどんどん晴れてきて、これでは選手たちのスタミナがもたないと、練習場所から宿泊先まで大急ぎで車を走らせて準備して戻ってきました」
夏合宿中は選手たちにマイボトルを持たせるそうだが、濃いものが苦手な選手もいるため、ボトルによってスポーツドリンクの濃さを変える微調整も欠かさない。
そして夏合宿の集大成となるのが、大学三大駅伝の最後を飾る箱根駅伝だ。「今年の箱根駅伝では、給水で初めての試みをしました」と西沢さんは明かす。
「法政大学は、毎年走る選手が給水員を指名するのですが、今年は初めてOBを指名した選手が2人もいたんです。卒業して寂しい思いがあったのか、1人は寮で同部屋だった先輩を、もう1人は高校時代から一緒に練習してきた尊敬する先輩を指名しました。給水員は、選手がきつい場面で力を与える重要な存在です。水を手渡して思い思いの言葉をかけるのですが、選手の姿が見えなくなるくらいまで叫んでいました。今年の箱根駅伝の好成績の裏には、この給水の力もあったのではないかと感じています」
ここ一番で信頼する仲間の思いとともに受け取る「水」は、選手たちにとってかけがえのない力になるはずだ。来年の箱根駅伝では、ぜひ各大学の給水にも注目してみてほしい。
(2023年5月17日取材)