機関誌『水の文化』74号
体に水チャージ

水の余話
凡人の知恵は後から

鈴木輝隆さんが所有する故・牧野富太郎氏の掛け軸

鈴木輝隆さんが所有する故・牧野富太郎氏の掛け軸

鈴木輝隆

鈴木輝隆(すずき てるたか)

地域クリエイター。江戸川大学名誉教授。ローカルデザイン研究所【BEENS】代表。1949年名古屋市生まれ。北海道大学農学部卒業。神戸市役所、山梨県庁、総合研究開発機構主任研究員、江戸川大学教授、立正大学特任教授を経て現職。地域経営論、ローカルデザイン論を研究。

「沈む木の葉も流れのぐあい、浮かぶその瀬もない じゃない」

植物分類学者の牧野富太郎先生の掛け軸を、40年以上前に、神戸市の植物学者の河原巌先生からいただきました。牧野先生が植物分類に専念し50年、40万枚の標本、1500種類の植物の命名、1936年(昭和11)に牧野植物学全集を完成させた功績が評価され、朝日文化賞を贈られた時に、長年の研究努力が報われた感慨を詠(よ)んだ都都逸(どどいつ)です。

河原先生とは、私が神戸市公園緑地課に勤務していた若いころ、園芸相談会に同席したことをきっかけに、年を超えた友となり、寮仲間とともに六甲山を楽しく歩き、自然について教えてもらいました。我々は何かと失敗があり、先生から「凡人の知恵は後から」と慰められ、人生の何たるかを学びました。

哲学者の下西風澄(しもにしかぜと)さんによると、紀元前3000年ごろに文字が誕生したことで、時間は流れるものから蓄積するものとなり、歴史を記録し、未来への設計も可能となりました。人間は時間を創造したことで、悩み、助け合い、思い出し、反省し、感謝し、コツコツ一歩一歩成長します。しかし時間の節約やスピードを求めつづけ、急激な科学技術の進展により、年をとることや死ぬことも忘れてしまうほどです。生成人工知能は、膨大な情報蓄積から即座に問いへの答えを綴ります。

しかし我々は人工知能と違い、大気、光、水など環境と混在し、トライ・アンド・エラーを繰り返し、生命の輝きや身体性経験を重ねます。時に水の流れにさらわれ溺れそうになりながらも!なんとか浮き上がるのです。

「くよくよせず謙虚に前向きに生きていけば、いつか成熟した人間になれる」、牧野先生や河原先生の言葉は、それを教えてくれる、希望の栞(しおり)ではないでしょうか。

落差や淀み、激しい流れが入り混じる川。まるで人生そのもののようだ 提供:鈴木輝隆さん

落差や淀み、激しい流れが入り混じる川。まるで人生そのもののようだ 提供:鈴木輝隆さん

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