機関誌『水の文化』77号
みんな、泳いでる?

食の風土記23 じゅんさい鍋
「水中のエメラルド」を食す
じゅんさい鍋

水と風土が織りなす食文化の今を訪ねる「食の風土記」。今回はきれいな水でしか生きられない水生植物の若芽を食す秋田の「じゅんさい鍋」です。

若芽をいただく秋田の「じゅんさい鍋」

若芽をいただく秋田の「じゅんさい鍋」

「沼縄(ぬなわ)」とうたわれた高級食材

ぐつぐつと煮立った鍋のなかへ、いちばん最後に入れる具材が「じゅんさい」だ。すぐに色が鮮やかな緑に変わるので煮過ぎないうちに取り皿へ移す。じゅんさいを箸でつまもうとしても「プルン」と逃げていくのは、ゼリー状のぬめり(寒天質)をまとっているからだ。なんとか口に運ぶとプチプチとした食感、そしてつるりと喉を通るさわやかな風味を感じる──

ここは秋田県北西部にある三種町(みたねちょう)。日本有数のじゅんさいの生産地だ。じゅんさいはスイレン科の多年草で、古くは「沼縄(ぬなわ)」とうたわれ、高級食材として懐石料理などに用いられてきた。

じゅんさいを栽培する沼の水面には葉がびっしり浮かぶが、人びとが食べるのは葉になる前の若芽。沼底から水面に伸びる茎から枝分かれした若芽を、舟に乗った摘み手が一つずつ収穫して出荷する。

  • じゅんさいの若芽。茎から枝分かれした若芽を食す

    じゅんさいの若芽。茎から枝分かれした若芽を食す

  • 摘み手の女性たちが早朝から作業して収穫したじゅんさい

    摘み手の女性たちが早朝から作業して収穫したじゅんさい

  • 三種町 地図

来客を鍋でもてなす秋田の食文化

かつてじゅんさいは各地に分布していたが、今は三種町のほか青森、山形、福島、北海道など限られた地域で栽培されるのみ。なぜなのか?

「じゅんさいはね、きれいな水じゃないと育たないんだよ」

そう話すのは長年じゅんさいを育てている石川勇吉さん。石川さんのじゅんさい沼には白神山地を水源とする素波里(すばり)ダム(注)の水が引かれている。

「じゅんさいは繊細な水草なので農薬は使いません。除草剤を使ったら枯れてしまうし、生活排水が流れ込んでもダメになります」

唯一用いるのは、じゅんさいの若芽を食べてしまうユスリカの幼虫に対する薬剤のみ。これは魚毒性がきわめて低いため、じゅんさい沼ではメダカが群れをなし、トンボが飛び交い、カエルやドジョウやタニシがいて賑やかだ。

じゅんさいの収穫は若芽が出る5月から8月のお盆ごろまで。地元の人たちは酢の物にしたり、わさび醤油や酢味噌で和えたりもするが、鍋で食べることが多い。

「暑い時期になんで鍋? とよく言われますが、もともと秋田は鍋が多い。『きりたんぽ鍋』は有名ですが、貝焼きが訛(なま)った『かやき鍋』、ごはんをすりつぶした団子の『だまこ鍋』もある。お客さんが来たら鍋でもてなす食文化があるんです」

じゅんさい鍋は家でつくれるだまこを用いることが多い。しょうゆベースの出汁に、鶏肉、マイタケ、長ネギ、ゴボウ、しらたきなどを入れた後にじゅんさいを投入する。

「じゅんさいは主役なのに、なぜか最後に登場するんだよね」と石川さんはいたずらっぽく笑った。

(注)素波里ダム
1970年竣工の秋田県営の多目的ダム。三種町のほか、八峰町、藤里町、能代市の田畑に水を供給する。

  • 石川さんのじゅんさい沼にいたメダカ

    石川さんのじゅんさい沼にいたメダカ

  • 石川さんのじゅんさい沼にいたイトトンボ

    石川さんのじゅんさい沼にいたイトトンボ

  • 石川さんのじゅんさい沼にいたタニシ。夏が近づくほど生きものは増えていく

    石川さんのじゅんさい沼にいたタニシ。夏が近づくほど生きものは増えていく

  • 「じゅんさいを育てるのは楽しい」と話す石川勇吉さん(株式会社秋田芝生 取締役会長)

    「じゅんさいを育てるのは楽しい」と話す石川勇吉さん(株式会社秋田芝生 取締役会長)

  • 購入したときは一つの大きな沼だったと言う石川さんのじゅんさい沼。5月から8月初旬まで毎日、舟に乗った摘み手がじゅんさいを収穫

    購入したときは一つの大きな沼だったと言う石川さんのじゅんさい沼。5月から8月初旬まで毎日、舟に乗った摘み手がじゅんさいを収穫

子どもが夢中になる生きもの賑わう沼

三種町(当時は山本町)がじゅんさいの栽培に乗り出したのは昭和50年代。国の減反政策による米の転作作物として、この地に自生していたじゅんさいに目を向けた。

「生産量のピークは1991年の1260トン。生産者がもっとも多かったのはその翌年で578戸を数えました」と三種町商工観光交流課係長の近藤健さんは語る。現在、国内で流通するじゅんさいの約8割が中国産といわれるなか、2011年(平成23)に三種町森岳じゅんさいの里活性化協議会(以下、協議会)を設立し、三種町の国産じゅんさいと食文化の伝承、消費の拡大に力を注ぐ。

日本の農業を取り巻く高齢化問題はじゅんさいも例外ではない。2023年(令和5)の生産量は210トン、生産者は127戸。次代を担う若手の登場が待たれる。

協議会では毎年6月に「世界じゅんさい摘み採り選手権大会」を開催している。1時間でどれほど多くのじゅんさいを摘み採れるかを競うもので今年で11回目。また、観光農園として「摘みとり体験」も毎年受け入れている。

「生きものがいっぱいいるので子どもたちは大喜びです。そうして若い人たちが興味をもってくれるといいですね」と石川さんは言う。

機械も農薬も化学肥料も使わず、雑草取りも収穫もすべて手で行なう栽培法はまさに農業の理想形。ポリフェノールが豊富で成分の90%以上が水分だ。「水中のエメラルド」とも称されるじゅんさいに、もっと光が当たることを願う。

  • 毎年6月に開かれる「世界じゅんさい摘み採り選手権大会」。ソロの部とペアの部が設けられ、近年は外国からの参加者も

    毎年6月に開かれる「世界じゅんさい摘み採り選手権大会」。ソロの部とペアの部が設けられ、近年は外国からの参加者も
    提供:三種町商工観光交流課

  • じゅんさいの普及に努める三種町商工観光交流課係長の近藤健さん

    じゅんさいの普及に努める三種町商工観光交流課係長の近藤健さん

  • ホテル森山館で提供するじゅんさい料理。左は酢味噌、右は青汁ドレッシングで食す

    ホテル森山館で提供するじゅんさい料理。左は酢味噌、右は青じそドレッシングで食す

  • 撮影にご協力いただいたホテル森山館。じゅんさい鍋は事前予約が必要

    撮影にご協力いただいたホテル森山館。じゅんさい鍋は事前予約が必要

[取材協力]
石川さんの沼
秋田県山本郡三種町
鹿渡字西小瀬川351

[撮影協力]ホテル森山館
秋田県山本郡三種町森岳字木戸沢115-72
Tel.0185-83-3300 https://www.moriyamakan.com/

じゅんさい鍋(5人分)

  • [1]じゅんさい鍋の材料

    [1]だまこ 20~25個、長ネギ 3本、ゴボウ 適量(ささがき)、セリ 1把(水菜でも可)、マイタケ 1パック、油揚げ 2枚、鶏肉 250~300g 、しらたき 適量、じゅんさい 200g、しょうゆベースの出汁 適量

  • [2]鶏肉はぶつ切りに、マイタケは割いておく

    [2]鶏肉はぶつ切りに、マイタケは割いておく

  • [3]米をすりつぶしてこねるだまこ。秋田ではふつうに家庭でつくって食べる

    [3]米をすりつぶしてこねるだまこ。秋田ではふつうに家庭でつくって食べる

  • [4]出汁が温まったら、ゴボウ、マイタケ、鶏肉、しらたきなどの順に入れ、一呼吸置いて鶏肉が煮えるのを待つ。火が通ったらセリを入れる。

    [4]出汁が温まったら、ゴボウ、マイタケ、鶏肉、しらたきなどの順に入れ、一呼吸置いて鶏肉が煮えるのを待つ。火が通ったらセリを入れる。最後にじゅんさいを投入し、緑色になったら火を止める。じゅんさいを温めすぎると食感を損なうので注意

(2024年5月27~28日取材)

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