水と風土が織りなす食文化の今を訪ねる「食の風土記」。今回はきれいな水でしか生きられない水生植物の若芽を食す秋田の「じゅんさい鍋」です。
若芽をいただく秋田の「じゅんさい鍋」
ぐつぐつと煮立った鍋のなかへ、いちばん最後に入れる具材が「じゅんさい」だ。すぐに色が鮮やかな緑に変わるので煮過ぎないうちに取り皿へ移す。じゅんさいを箸でつまもうとしても「プルン」と逃げていくのは、ゼリー状のぬめり(寒天質)をまとっているからだ。なんとか口に運ぶとプチプチとした食感、そしてつるりと喉を通るさわやかな風味を感じる──。
ここは秋田県北西部にある三種町(みたねちょう)。日本有数のじゅんさいの生産地だ。じゅんさいはスイレン科の多年草で、古くは「沼縄(ぬなわ)」とうたわれ、高級食材として懐石料理などに用いられてきた。
じゅんさいを栽培する沼の水面には葉がびっしり浮かぶが、人びとが食べるのは葉になる前の若芽。沼底から水面に伸びる茎から枝分かれした若芽を、舟に乗った摘み手が一つずつ収穫して出荷する。
かつてじゅんさいは各地に分布していたが、今は三種町のほか青森、山形、福島、北海道など限られた地域で栽培されるのみ。なぜなのか?
「じゅんさいはね、きれいな水じゃないと育たないんだよ」
そう話すのは長年じゅんさいを育てている石川勇吉さん。石川さんのじゅんさい沼には白神山地を水源とする素波里(すばり)ダム(注)の水が引かれている。
「じゅんさいは繊細な水草なので農薬は使いません。除草剤を使ったら枯れてしまうし、生活排水が流れ込んでもダメになります」
唯一用いるのは、じゅんさいの若芽を食べてしまうユスリカの幼虫に対する薬剤のみ。これは魚毒性がきわめて低いため、じゅんさい沼ではメダカが群れをなし、トンボが飛び交い、カエルやドジョウやタニシがいて賑やかだ。
じゅんさいの収穫は若芽が出る5月から8月のお盆ごろまで。地元の人たちは酢の物にしたり、わさび醤油や酢味噌で和えたりもするが、鍋で食べることが多い。
「暑い時期になんで鍋? とよく言われますが、もともと秋田は鍋が多い。『きりたんぽ鍋』は有名ですが、貝焼きが訛(なま)った『かやき鍋』、ごはんをすりつぶした団子の『だまこ鍋』もある。お客さんが来たら鍋でもてなす食文化があるんです」
じゅんさい鍋は家でつくれるだまこを用いることが多い。しょうゆベースの出汁に、鶏肉、マイタケ、長ネギ、ゴボウ、しらたきなどを入れた後にじゅんさいを投入する。
「じゅんさいは主役なのに、なぜか最後に登場するんだよね」と石川さんはいたずらっぽく笑った。
(注)素波里ダム
1970年竣工の秋田県営の多目的ダム。三種町のほか、八峰町、藤里町、能代市の田畑に水を供給する。
三種町(当時は山本町)がじゅんさいの栽培に乗り出したのは昭和50年代。国の減反政策による米の転作作物として、この地に自生していたじゅんさいに目を向けた。
「生産量のピークは1991年の1260トン。生産者がもっとも多かったのはその翌年で578戸を数えました」と三種町商工観光交流課係長の近藤健さんは語る。現在、国内で流通するじゅんさいの約8割が中国産といわれるなか、2011年(平成23)に三種町森岳じゅんさいの里活性化協議会(以下、協議会)を設立し、三種町の国産じゅんさいと食文化の伝承、消費の拡大に力を注ぐ。
日本の農業を取り巻く高齢化問題はじゅんさいも例外ではない。2023年(令和5)の生産量は210トン、生産者は127戸。次代を担う若手の登場が待たれる。
協議会では毎年6月に「世界じゅんさい摘み採り選手権大会」を開催している。1時間でどれほど多くのじゅんさいを摘み採れるかを競うもので今年で11回目。また、観光農園として「摘みとり体験」も毎年受け入れている。
「生きものがいっぱいいるので子どもたちは大喜びです。そうして若い人たちが興味をもってくれるといいですね」と石川さんは言う。
機械も農薬も化学肥料も使わず、雑草取りも収穫もすべて手で行なう栽培法はまさに農業の理想形。ポリフェノールが豊富で成分の90%以上が水分だ。「水中のエメラルド」とも称されるじゅんさいに、もっと光が当たることを願う。
[取材協力]
石川さんの沼
秋田県山本郡三種町
鹿渡字西小瀬川351
[撮影協力]ホテル森山館
秋田県山本郡三種町森岳字木戸沢115-72
Tel.0185-83-3300 https://www.moriyamakan.com/
(2024年5月27~28日取材)