昭和レトロがブームといわれています。なかでもコーヒーを中心とする純粋な喫茶店、略して「純喫茶」は若者からも注目されています。2012年(平成24)に自ら足を運んだ各地の純喫茶を紹介する書籍『純喫茶コレクション』を著し、今の「純喫茶ブーム」の火付け役とも称されるのが難波里奈さんです。難波さんに純喫茶を巡るようになったきっかけやその魅力、店内でのマナーなどをお聞きしました。
インタビュー
東京喫茶店研究所 二代目所長
難波 里奈(なんば りな)さん
学生時代に昭和時代の文化に惹かれ、純喫茶の空間を楽しむ。仕事帰りや休日にひたすら純喫茶を巡る。『純喫茶コレクション』『純喫茶とあまいもの』『クリームソーダ 純喫茶めぐり』など著書多数。
昭和の面影が残るレトロな喫茶店を巡るようになったのは、大学生の頃です。キラキラしたおしゃれなカフェにはうまくなじめず、あるとき昔ながらの喫茶店に入って隅の席に座ったところ、とても居心地がよかったのです。当時の喫茶店はタバコの煙がモクモクとしていて、その頃は若者の姿は珍しく、不思議そうに見られました。でも、そのうち誰も私のことなんて気にしなくなり、各々の時間を自由に楽しんでいました。
当時、昭和30〜40年代頃の人びとの暮らしのなかにあったインテリアや雑貨を好きになり、その延長として古着のワンピースにも夢中になりました。喫茶店の空間に違和感なくなじむのもうれしく、お気に入りの一着を身にまとって出かけるようになりました。
雑貨を部屋に飾って楽しんでいましたが、自室だと限度があります。そこで「好きなものに囲まれて暮らしたいなら、好きなものがたくさんある喫茶店に毎日通えばいいんだ!」と思ったのです。
とはいえ、その頃は喫茶店を探すのも大変でした。知らない駅に降りて3時間くらい歩き回ることもありましたし、公衆電話ボックスの電話帳から喫茶店を探したことも。当時はあてもなく歩いて、見つけたお店に気ままに入っていましたが、今はスマートフォンのおかげで目的地へ直行できます。そのことがいいのかはわかりませんが、突然閉店してしまうこともあるため、できるだけ多くの扉を開けていきたいですね。
喫茶店を好きな大きな理由に、「空間」があります。今はシンプルで合理的なデザインが求められるようですが、店主が思い描いた世界観を形にした当時のデザイナーや工務店のセンスには脱帽です。
複雑な棚の取り付け方や、窓ガラスのレトロでかわいい装飾、店内の調度品、どの喫茶空間もオリジナリティーに富んだしつらえになっていて、1軒1軒が美術館のようなんです。らせん状に曲がった木のインテリアなどを見ると、当時の職人さんの熟練した手仕事の妙を感じずにはいられません。喫茶店に行くと、ついキョロキョロと辺りを見回してしまいます。
このように知恵と熱意が集結してできた空間だからこそ、何十年経っても人々に愛されているのだと思います。店主が自分の店を好きで、かつお客さんにも大切にされている喫茶店は、古くても、どこかが壊れていても「呼吸する生きた建物」のように感じます。だから通いたくなるし、居心地がいいのかもしれないですね。
そんな喫茶店の店主とのコミュニケーションもまた、私が楽しみにしていることの一つです。学生時代に喫茶店に通ううち、その店のことを深く知りたくて店主に話しかけるようになりました。皆さんお話が上手で、街のこともほんとうによく知っています。喫茶店の店主はガイドブックよりも詳しい案内人だと私は思っているので、できれば初代の店主がいるうちに、街や店にまつわるさまざまなエピソードを聞き尽くしておきたいと考えています。若い人たちが知らない話を次世代に伝えていくことも、古きよき街の喫茶店の役割なのかもしれません。
喫茶店を単に「コーヒーを飲む場所」ととらえる人もいるかもしれませんが、私にとってはオーラルヒストリーの宝庫ともいえるワクワクする場所です。
私が喫茶店に行くときは、コーヒーのほかに、メニューを見て気になった食べものや飲みものを注文します。カップやグラスが店ごとに違ってかわいいので、それを見たくて頼むこともあります。
もちろん写真も撮らせてもらいますが、メニューや店内写真を撮る際に気をつけているのは、「写真を撮ってもいいですか?」とお店の人に必ず声をかけて、許可を得てから撮影させてもらうことです。
今はスマホを持っているのが当たり前なので、SNS用に映えるメニュー写真を撮る方も多いと思います。素敵な姿をおさめるのもいいですが、できれば温かいものは温かいうちに、冷たいものは冷たいうちにいただきたいものです。
みんなが心地よく喫茶空間を楽しむためにも、調理してくれたお店の人や、ほかのお客さんを不快にさせない配慮は必要ですね。
最近は店主が高齢になり、後継者不在などの理由から惜しまれつつ閉店する店が増えています。私も何軒か遭遇して寂しい思いをしましたが、店主の人生の決断なので仕方のないこと。
一方で、なかにはお客さんとして通っていた方などが、ご縁で引き継ぐケースもあります。これは個人的な意見ですが、喫茶店が好きな人は店主ありきでその空間が好きだったりするので、後継者交代問題の難しさは多々あるのだろうと思います。その後も通いつづけるかどうかは個々の受け止め方次第ですが、空間やインテリアが守られるのはもちろんいいことなので陰ながら応援しています。喫茶店という場所にとって、それくらい「人」の存在は大きいのではないかと思います。
たとえ誰かが引き継ぐとしても、もともとそのお店を好きであったり、喫茶文化に愛情をもっていると、先代店主の思いをきちんと解釈することもできますが、閉店は突然であることも多いので……。
多くの人に愛される喫茶店が、よい形で長く引き継がれていくことを願っています。
(2024年11月14日取材)