機関誌『水の文化』75号
琵琶湖と生きる

[湖人]

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【農家】

「儲かる地域」目指す琵琶湖の若者たち

琵琶湖の最北端に位置する長浜市の西浅井町(にしあざいちょう)は、1955年(昭和30)に塩津村と永原村が合併してできた地域だ。2010年(平成22)1月に長浜市へ編入されたこの地域の出身者が集まり「ゲリラ炊飯」などさまざまな事業・活動を展開し、注目されている。20〜30代の6人チーム「ONESLASH(ワンスラッシュ)」は何を目指しているのか、代表の清水広行さんを訪ねた。

「儲かる地域」目指す琵琶湖の若者たち
 

ONESLASH代表取締役社長
清水 広行(しみず ひろゆき)さん

1986年滋賀県長浜市生まれ。プロのスノーボーダーを目指して国内外を転戦していたが、両膝の怪我で断念し、西浅井にUターン。2016年12月にONESLASH結成。2022年9月「MLGsふるさと活性化大使」就任。

水の循環を感じる琵琶湖北部の集落

西浅井はかつて交通の要衝として栄え、日本海(福井県敦賀)から琵琶湖へ、そして淀川を通じて大阪湾へとつながる舟運の中継地点だった。

「西浅井に何があるんやと聞かれたら、小学生でも『山門(やまかど)湿原』と答えます。約4万年の歴史があると言われる湿原から湧いた水が山や川を通って大浦から琵琶湖へ流れ込み、瀬田の唐橋を通って大阪湾へ出て雲になって戻ってくる。西浅井はそういう水の循環が感じられる場所なんです」

そう語るのは、西浅井出身の幼馴染みたちと立ち上げた「ONESLASH」の代表を務める清水広行さん。家業の建設業を営みつつ、米づくりを軸としたビジネスから環境事業まで活動の幅は広い。

すべてを支えるのは農業などの一次産業

元スノーボード選手の清水さんは、地元に帰ってくるまで、自分が米づくりをするとは思ってもみなかった。しかし農業に携わり、自ずと地域の環境についても深く学ぶようになっていく。

「例えば木桶屋さんは山から木を出してくれる人がおらんと仕事にならんように、第二次産業や第三次産業は、すべて第一次産業が支えているんです。農業を含め第一次産業は、水がないと成り立たないし、環境の影響をもろに受ける。だから農家は、環境にフォーカスせざるを得ないんですよ」

23歳で故郷の西浅井町庄村に戻り、翌年福井県で就職。30歳で家業を継ぐが、かつての賑わいを失った庄村の祭りを目の当たりにし、2016年(平成28)にONESLASHを結成し、地元を盛り上げる活動を開始した。

「庄村を元気づけるイベントからスタートしました。でもイベントはいずれ疲弊していくもんやからなぁと。で考えついたのが農業。米づくりも武器になるやん、て」

キツイ、汚い、儲からない、という農業に対する負のイメージを払拭するためのイベント。その最たるものが、街なかで自分たちが育てた米を炊き、居合わせた人たちにおにぎりを振る舞う「ゲリラ炊飯」だ。

ONESLASHの主要メンバー。右端が清水さん

ONESLASHの主要メンバー。右端が清水さん 提供:ONESLASH

集落存続のために「稼ぐ」ビジネスを

商売っ気があまり感じられないゲリラ炊飯だが、実は「これだけでも食っていけるほど利益が出ている」と清水さんは言う。

「最初はプロモーションでしたけど、タダでおにぎりを配っても、その場でお米を買ってもらえたら十分回収できるんですよ。しかも今はオファーを受けて各地を回っているのでギャラもいただけます。1回行くとそのあと2~3カ所はオファーが増えるので、消化しきれん状態ですね」

商売ありきで地元を盛り上げる、というONESLASHの活動はすべて「稼げるビジネス」であることが大前提。今は不動産やアパレルなどの事業を多数展開し、「後ろ支えになる柱がたくさんあるから、好きなことをやっているように見せていても成り立つ」のだと清水さんは明かす。

「会社の事業で得た収益をいかに地元や農家に還元するか、というサイクルでビジネスを考えています。お米由来のバイオマスプラスチック『ライスレジン®』の製造・製品化の事業にしても、農地を守るために必要だったからやってるだけなんです」

  • いきなり街なかで羽釜と薪で米を炊き、塩むすびを振る舞い、西浅井町の米をアピールする「ゲリラ炊飯」。

    いきなり街なかで羽釜と薪で米を炊き、塩むすびを振る舞い、西浅井町の米をアピールする「ゲリラ炊飯」。農業プロジェクト「RICE IS COMEDY®(米づくりは喜劇だ)」の一つだ
    提供:ONESLASH

  • いきなり街なかで羽釜と薪で米を炊き、塩むすびを振る舞い、西浅井町の米をアピールする「ゲリラ炊飯」。

    いきなり街なかで羽釜と薪で米を炊き、塩むすびを振る舞い、西浅井町の米をアピールする「ゲリラ炊飯」。農業プロジェクト「RICE IS COMEDY®(米づくりは喜劇だ)」の一つだ
    提供:ONESLASH

4000人の町に4000人の雇用を

米からプラスチック製品をつくれるライスレジン®には、古米や破砕米など廃棄されてしまう米を再利用できるメリットがある。だが、それ以上に清水さんが重視しているのは田んぼや農家を守ること。

「食べるお米の消費量がこのまま減っていくと、米農家が成り立たなくなるんですよ。すると耕作放棄地が増えて、ゆくゆくは集落が成り立たなくなってしまう。そこで今チャレンジしているのが、休耕田を利用して資源米をつくること。既存のプラスチックがライスレジン®に置き換わっていけばいくほど、米農家全体の生産量が増えていくわけです」

ONESLASHの活動はいずれも「集落維持のために必要なことを一つずつ、手段として積み上げている結果」と清水さんは言う。その背景には、年々減少し続けている西浅井町の人口がある。

長浜市の統計では、1990年(平成2)時点で5176人だった西浅井町の人口は2015年(平成27)には約4000人に減少。そして現在は約3600人。清水さんは「実質1年に1集落がなくなっている計算です」と危機感を募らせる。

「7年前、地元に帰ると決めたとき、4000人を雇える会社をつくることを目標にしました。それができたら地元を背負ったと胸を張って言えるし、さすがにじいさんを超えられるやろ、と」

何を隠そう、清水さんの祖父は、建設会社を立ち上げただけでなく、庄村の圃場整備を進めるなど地域の発展に寄与した人物でもある。

「幼稚園生の頃から『お前のおじいさんには世話になったんや』と地元の人たちから感謝されてきた。それを刷り込まれて三代目になったんです。じいさんが地域のインフラを整えてまちを守ってきて、みんなの職をつくってきたっていうルーツを感じるんで」

アイディア次第でなんでも商売になるのが今の時代。「これからは、百姓の『姓』は商売の『商』」と語る清水さんが目指すのは、可能性に満ちた「百商」の集落だ。琵琶湖北端に注ぐ水源そばの集落で、未来への胎動が始まっている。

  • 食用に適さない古米や破砕米など廃棄されてしまう米を独自の混錬技術でアップサイクルしたバイオマスプラスチック「ライスレジン®」

    食用に適さない古米や破砕米など廃棄されてしまう米を独自の混錬技術でアップサイクルしたバイオマスプラスチック「ライスレジン®」

  • 食用に適さない古米や破砕米など廃棄されてしまう米を独自の混錬技術でアップサイクルしたバイオマスプラスチック「ライスレジン®」

    食用に適さない古米や破砕米など廃棄されてしまう米を独自の混錬技術でアップサイクルしたバイオマスプラスチック「ライスレジン®」

  • おいしい琵琶湖 エビ豆

    おいしい琵琶湖 エビ豆
    撮影協力:あやめ荘(野洲市)

(2023年8月23日取材)

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