「カイチュウ博士」として知られる藤田紘一郎さんは、世界中の水を巡り、微生物学の第一人者でもあります。今回お話しをうかがった「寄生虫と免疫」というテーマは、生物が共生することの意味をあらためて問い直してくれる内容でした。
人間総合科学大学教授・
東京医科歯科大学名誉教授
藤田 紘一郎 ふじた こういちろう
1939年旧満州生まれ。東京医科歯科大学医学部卒業、東京大学大学院博士課程修了。順天堂大学医学部助教授、金沢医科大学教授、長崎大学教授、東京医科歯科大学教授を経て現職。専門は寄生虫学・免疫学。
著書に『笑うカイチュウ』(講談社、1994)、『共生の意味論』(講談社、1997年)他多数。
私は「カイチュウ博士」ということで有名になっていますが、もともとは整形外科の医者から始めました。学生の頃は柔道をやっていましたもので、まだ駆け出しの頃、ある教授から「熱帯病の調査団の荷物持ちを柔道部から探せ」と言われたんです。すっかり忘れておりましたら、出発の前日に「探したか?」ときかれたので「探しても居ませんでした」と申しあげたら、ものすごく怒られて、「お前が行け。そうしないと熱帯病の調査団が行けないから」ということで、熱帯地に行くことになりました。そこで手伝っていたら、「お前は整形外科の医者には向かない。寄生虫がいいだろう」と教授から言われ、今にいたるわけです。
寄生虫やウィルス、細菌学の研究で医学博士になったのですが、日本は衛生的な社会になってしまい、そういう専門家の必要がないんですね。「寄生虫なんかやってると、お金が全然入ってこないなぁ」と思っていました(笑)。
ところが、インドネシアのカリマンタン島のジャングルでは日本の商社が進出してラワン材を切り出し、何十億円と利益をあげていた。35年ぐらい前の話です。そんな現場はジャングルですから、マラリアやアメーバがいて、そこで亡くなる日本人企業マンが増えました。そこで、「私は熱帯病のことがわかる、日本唯一のドクターです」と言いましたら、いろんな会社から「雇いたい」と言っていただいた。こちらも茶目気を出して「6ヶ月契約、現金前払い」と言ったら、三井物産の木材部が「OK」と言って、カリマンタン島へ行ったんです。
私が下宿したのはマハカム川に浮いている水上ハウスです。実のところ「ここへ住め」といわれた時は、嫌だったんですが、柔道部の若いのを連れて毎日新宿へ行って、10日間でもらった現金を使っちゃったんです。ですから逃げ出すわけにもいかず、最初は大変でした。
トイレは、座ると魚が待っているような所です。パンツを下ろすと、魚が上がってきますので、うんちする時、跳び上がってしないと、かみつかれるようになってます。またその魚がとっても美味しくてね。毎晩、おかずに出るんです。
うんちは川に流れるし、隣のハウスを見ると、洗濯はするし、歯磨きもここでする。もちろん、水浴びも川辺でする。最初は「うんちが流れている川だから、絶対水浴びしない」と言っていたのですが、なにしろ熱帯直下ですからね。水をかぶらないと、寝られません。
ですから、当時の6カ月間、カレンダーにバツ印を毎日つけて、1日でも早く帰る日を願っていた。
ところが、何の因果か、その後、テキサス大学に留学した2年を除いて、毎年ここに戻るようになったんです。最初は辞表を叩き付けて、「二度とこんな所には行かないよ」と戻って来たのですが、東京に6ヶ月もいると、この人たちがすごく懐かしくなってきた。とってもいい人たちでして、アトピーもないし、ぜんそくもないし、腸管の病気もない。われわれが見たら、「そんなはずない」と思うけれど、本当にないです。
なぜなのか。うんちが流れているところを、子供たちは平気でその中で遊んでいるわけです。「君たち、何て野蛮な。こんな汚い所でよく泳ぐね。だから、君達は、病気になるんだよ」ということを、最初の頃は思っていました。
ところが、調べてみると、むしろジャカルタのような都市部の方が、コレラ、腸チフス、A型肝炎などが非常に多い。川の大腸菌の数は、ジャカルタの蛇口の水の千分の一ぐらいしかない。つまり、「うんちが流れている水で、汚い」と思った川は、実は、「大腸菌だけを増やすようなことをしない川」だったんです。いろいろなバイ菌がいるから、一つのバイ菌だけが異常に増えるようなことをさせていないのです。
ところが、ジャカルタの水道水は、大腸菌などの病原菌だけが増えやすいようになっている。なぜかというと、ジャカルタの中流家庭のトイレというのは、全部下水管がないから、吸い込み式です土の中へたまっているわけです。水道管は敷設されてますけれど、水道管は使う人の量のほうが多いから、ポンプで吸い上げているので、どうしても水道管の中に下水が入っちゃうわけです。その水をポンプで吸い上げて、屋根の上まで上げる。そうすると、ちょうど温度は37〜40℃でしょう。塩素はもう消えていますから、めちゃくちゃ大腸菌が増えています。まさに大腸菌の繁殖装置のようだったのです。
そんな経験をしたので、「水は、見た目と違う」と、世界中を歩いて水を調べたわけです。そこで一つ発見したのは、「うんちが流れている所で遊んでる子どもに、アトピー、ぜんそく、花粉症がない」ということです。カイチュウにはかかっています。けれど、アレルギーがない。なぜでしょうか。
今、私はお腹の中に、サナダムシの「キヨミちゃん」というのを飼っています。「人の寄生虫は、宿主の人にいいことをしている」ということを示すためです。医師も含めて、みんなは「寄生虫、バイ菌、ウィルス、みんな悪い」と思っている。でも、例えば、肌に皮膚常在菌がすんでないと、肌は守れません。また、腸内細菌がいないと、ビタミン合成はできないし、免疫はつくれないんです。
寄生虫と宿主の関係は相利共生です。
キヨミちゃんは、私のお腹の中に入らないと、子どもを産めないんです。キヨミちゃんが猫に寄生しても子どもは産めな。だから、キヨミちゃんは私を大事にするわけです。さらに、私が美味しいモノを食べないと、キヨミちゃんは困るわけです。元気のいい時は、1日に20センチ伸びますし、卵は、1日に200万個産みますからね。キヨミちゃんが、私の中に寄生して、私を殺したら、自分も死んでしまう。そんな馬鹿なことはしないです。
ただし、微生物の世界は、皆、縄張りがありまして、人にすむバイ菌さん、ウィルスさん、寄生虫さんは、人を守ります。動物にすむのは、動物を守る。ウィルスにも必ず宿主があります。例えば、エボラ出血熱ウィルスというのは、人にとっては怖いウィルスですが、宿主はアフリカのジャングルに生息するミドリザルで、その中で子供を生む。このウィルスはミドリザルは守るけど、人にはひどい目に遭わす。
鳥インフルエンザウィルスも同様です。地球上からなくそうと言った学者がいますが、これは無理なんです。鳥インフルエンザウィルスは、人類誕生の前から、水鳥のカモの中で、子供を産んでいたんです。ところが、カモからちょっと違う所へうつると、症状が出て、例えばアヒルにうつると、10匹中3匹に症状が出ます。ニワトリにうつると全滅します。
ウィルスとか寄生虫には、敵と味方があるということを、人はなかなか分かってくれないんです。
ここで免疫のメカニズムについて説明しますが、図のように、免疫というのは、「マクロファージ(Mφ)」と「Th2 Cell(細胞)」と「B Cell(細胞)」が、TCRとCD40で連絡して免疫反応が起こる。例えばスギ花粉を吸うとマクロファージが処理して、その情報をTh2 Cellに伝えB Cellに伝え花粉に対する抗体をつくる。免疫の基本メカニズムはこの三つなんです。でも、私は花粉症にはなりません。なぜかというと、キヨミちゃんをお腹の中に飼っているから。寄生虫が出すおしっことかうんちに含まれる分子量2万の物質がアレルギーを抑えているからなんです。2万の物質がCD40にくっついて、抗体をつくらせない。
おたふく風邪ウィルスが来ると、マクロファージが、おたふくのウィルス情報をB細胞に伝えて、おたふくに対する抗体をつくります。すると、2度目におたふく風邪のウィルスが来たら、抗体が出て排除するから、二度とかからない。サナダムシも同じで、キヨミちゃんが入ってきましたら、私のマクロファージは、キヨミちゃんの情報をB細胞に伝えて、キヨミちゃんを排除する抗体をつくるんです。ところが、きよみちゃんは、私のお腹の中にいたいために、自分のうんちの中の2万の物質をCD40へ打ち込む。すると、キヨミちゃんを排除しようとした抗体が、変な抗体になって、きよみちゃんはぬくぬくお腹の中にいる結果になる。ところが、この変な抗体が、アレルギーを抑えていたということなんです。人と寄生虫との長い間の進化、共生の関係で、人はサナダムシをお腹に入れてやろう、サナダムシはアレルギーを抑えてやろうという関係が残って、そういう関係の虫だけが残ったんです。これはサナダムシだけではなく、寄生虫一般に言えることです。人にすんでいるウィルスは、別の方法で、人の免疫をかいくぐるようなことをしています。
でも、私が「寄生虫がアレルギーを抑える」と15年も話していますが、全く無視されたわけです。『Nature』や『Science』に載っても日本の医学界では無視された。それで、『笑うカイチュウ』を書いたわけです。
ただ最近では、1970年代生まれの日本人の88%がアレルギー体質である一方、泥んこ遊びしてる子がアレルギーになりにくいというデータも出てきて、最近では、非常に忙しく、医師会レベルから呼ばれるようになったし、企業からも呼ばれるようになっています。
このように、微生物の調和っていうのは、本当に大事なことなんです。それに、宿主を殺すという寄生虫はいないんです。
サナダムシも、うんちの中に卵が混じっていますが、その卵を飲んだって、感染しません。川でうんちしないといけないんです。例えば、神田川でうんちすると、キヨミちゃんの卵は孵化して、川の中を泳いで、ミジンコに入る。ミジンコに入らないと、発育しないんです。ならば、私が神田川でうんちすれば、キヨミちゃんの子どもは、かえるかというと1匹もかえらない。なぜなら神田川にはサケが上って来ない。キヨミちゃんの子どもを1匹でも育てるためには、私が北海道へ行って、石狩川でうんちしないといけない。石狩川でうんちすると、石狩川のミジンコが持って、そこで発育して、サケが上ってきて、それを食べて、サケの身の中にすむわけです。その身を人間が生で食べないといけない。寄生虫というのは、こんなふうに食物連鎖しているんです。
私がサナダムシを手に入れようと、石狩川から300匹送ってもらっても、1個か2個しか居ないんです。なぜかというと、日本人は川でうんちしないからです。ところが、北朝鮮では、まだ川で患者さんがうんちしてるんです。北朝鮮の河口のミジンコが持ってて、日本海を回ってたサケが食べて、上がってくることがあった。ところが、最近では北朝鮮でも、川でうんちしなくなってしまった。
だから、サナダムシ、絶滅なんです。最初にお話ししたカリマンタン島のマハカム河ですが日本の日本の川と違って、いろんな生態系を守ってる。ここでうんちすることによって、魚が食べることによって回る寄生虫があるし、ばい菌さんもここで。ここでうんちしたのをミジンコが食べて、それを魚が食べて回るという寄生虫もあるんです。一見、川でうんちするのは、これは衛生的に非常にまずいことと言っているけど、これは人間だけが勝手にそう思ってることで、地球の生態系を守るためには、ここでうんちすることだって必要なわけです。生態系を守るためには、ある程度しなくちゃいけないんじゃないかなっていうような変な考え方で、皆から見て変だけど、私は正しいと思ってますけど。
―― すると、微生物まで含めた生態系を考えるならば、そこに住んでいる人の中に寄生虫がある程度いるということは、生態系を測る一つの指標になりますか?
なると思います。ですから、インドネシアのカリマンタン島では、アトピーやぜんそくが全くなかった。一方、今生まれる日本人の子どもの2人に1人がアトピーやぜんそくになるようになったわけです。寄生虫を含めた微生物の生態系というのは、非常に、いま考えなくてはいけない時期なんです。
要は、「うんち、ばっちい」と消毒することばっかりに精を出すよりは、うんちを生かして、何かの餌になってもらったほうがいいんじゃないかという考え方を、ちょっとは持たないといけなのではないかと思います。自分が地球の生命の主ではなくて、微生物の生態系の中で共生していることに気づくだけで、ものの見方が変わると思います。
―― 温暖化によって、寄生虫や感染症の世界でも、日本人が体験したことのない現象が起きてくるのではないでしょうか。
はい。例えば、人食いバクテリアというのがあります。これは、暖かい海域ですむもので、九州の沖合いで検出されていたのが、今はもう青森あたりまで到達しています。熱帯の寄生虫だったものが、もう日本の河川に居るということもあります。例えば、20年前はインドやパキスタンの風土病を起こしていた「ランブル鞭毛虫」。今はもう日本の青森から沖縄まで、河川にはいっぱいいます。
また、南氷洋の氷の中には、何億年と寝てたウィルスがいるんです。それが溶けると、眠っていたウィルスが出てくる。北極海のアザラシが奇病で死んでいますが、調べたら昔のジステンバー・ウィルスだった。昔のウィルスなので免疫がないために、一偏にやられてしまう。
東京湾の中にも、古典型コレラというのが、眠っているんです。藻の中に入っています。古典型っていうのは、幕末などに流行った「ころり」と呼ばれた強いコレラ菌です。今は眠っていますから、病原性はない。ところが、それに熱を加えて、震動すると、目覚めて、それを飲んだら、下痢します。温暖化で、そういうコレラが出てくるのではないか。
バイ菌や寄生虫を研究していると、いろんなことに気づくんです。だから、免疫やアレルギーを研究したり、水を調査したり、温暖化の影響を考える。私にとっては、微生物を見ていて気が付くことでしかないのですが。
―― すると、温暖化すると、日本人は、何百年と付き合ってきた水との付き合い方、水の摂取のし方を変えることが出てくるかもしれませんね。例えば、われわれは、「三尺流れれば水清し」で、流れていて、透明な水ならば、すぐに「きれいだろう」と思いますが、それを摂取するというわけにはいかないかもしれませんね。
そうなってくるかも分かりません。それに、一方では、だんだんと免疫力が落ちていますから。衛生化と温暖化というのは、意外な所でつながっているんです。
(2006年12月14日)