コンクリートやアスファルトによる不浸透面積の増大や、都市化による都市気候の変動も相まって、都市域では水害が頻発しています。福岡大学の人工芝サッカー場を雨水貯留にした渡邉亮一さんが、自宅を雨水ハウスとして新築し、水害抑制に貢献する個人住宅という壮大な実験を自ら率先して行なっています。行動する土木工学者である渡邉さんに、雨水ハウスの可能性、工学部の果たす役割についてうかがいました。
福岡大学工学部社会デザイン工学科准教授
渡邉 亮一 わたなべ りょういち
1965年山口県宇部市生まれ。工学博士。1989年福岡大学工学部土木工学卒業、1997年九州大学大学院工学研究科水工土木学修了(博士)。九州大学工学部研究生、九州大学大学院を経て、1996年より福岡大学工学部助手、2001年より併任講師、2007年より助教、2010年より現職。研究経歴は、以下のとおり。「感潮域における底質の輸送に関する研究」「富栄養化湖沼の浄化に関する研究」「多自然型川づくりに関する研究」「水害・防災・水循環に関する研究」「雨水利用住宅による都市型水害抑制に関する実証研究」
私が雨水貯留に一番最初に取り組んだのは、職場でもある福岡大学の人工芝サッカー場です。
たまたまあるメーカーと改良土壌の研究をしていたんですが、それをサッカー部の監督が聞きつけて、サッカー場にそれを使って研究をしてくれないか、と依頼してくれたんです。大学側も研究の一環としてだったら、と許可してくれました。普通、路盤材の上にアスファルトを重ねてその上に人工芝を張るんですが、アスファルトを使わないで開発中の改良土壌でやったらエコロジカルだと。ついでに雨水貯留することで水害抑制ができたり、ヒートアイランドが軽減できたりしたら素晴らしいね、ということになったんです。
どうせやるなら世界一のグラウンドをつくろうということになって、FIFA(国際サッカー連盟)の基準をクリアして、日本初のFIFA2スター認定グラウンドになりました。
このサッカー場は地下浸透と蒸発が主なる目的で、地下にタンクがあるわけじゃありませんから一時的貯留が中心になります。完全な定量測定ができているわけではありませんが、だいたい2000tぐらいの流出抑制効果が見込まれるものが完成しました。
このあとラグビー場ができたんですが、ここも同様に改良土壌でやろうとしたんですが、事情があってアスファルトになりました。その結果、ものすごく暑いグラウンドになってしまったんです。改良土壌でつくると水はけがいいので、雨の日にも練習ができます。そのせいかどうか、サッカー部はこのグラウンドができて3年後に大学日本一になったんですが、ラグビー部は日本一にはなっていません。
実はこのサッカー場は仮設で、本設のサッカー場がラグビー場のそばに計画中です、今度は地下にタンクもつくって、仮設同様、改良土壌でやろうとしています。サッカー場に降った雨を、改良土壌と路盤財で濾過してタンクに溜めようというわけです。
人工芝は夏の昼間、すごく暑くなります。福岡大学は水道の大型契約者ですから、1シーズンだけで200万円。散水したいんですけれど、ものすごく高くついてしまうからそれもできません。それで貯留水を散水に利用しようと提案しました。雨水貯留タンクはグラウンドの半分ぐらいの面積で、1000tぐらいを計画しています。
福岡大学は避難所に指定されているので、1000tの半分を散水用、半分を避難用水に利用しよう、とも提案しました。濾過した水ならいざというときに生活用水としても使えますから。1000tのタンクをつくったら、水害対策としても大いに力を発揮します。実はもう1000t分のタンクもつくって、こちらは地抜きで地下浸透させます。こうすることで水循環を健全化する役割を果たしながら、エコで避難所としても機能できる雨水タンクができると考えています。
これらのことを視野に入れて、今、学内で実験して検証中です。実験はうまくいっているので、問題なく実施されるだろうと思います。
そもそも私は、準好気性埋立構造(注2)の研究をしていました。花嶋 正孝(注1)先生という廃棄物の権威の先生が福岡大学にいらして、私は花嶋先生のもとで廃棄物埋立地の水浸透について研究していました。
注1 花嶋 正孝(はなじま まさたか)
1971年(昭和41)福岡大学に着任、日本で初めてゴミ埋立地の研究を行なった。当時の福岡市は、生ゴミを主体とする埋立場からの汚濁水や臭気などの問題を抱えており、花嶋らと共同で浸出水の浄化を目的に埋立地改善の実験を始めた。
注2 準好気性埋立構造
福岡大学の花島正孝によって研究開発され、その後、 福岡大学と福岡市の協同で実用化が図られた。埋立地の底部に栗石と有孔管からなる浸出水集排水管(集排水管)を設け、浸出水をできるだけ速やかに埋立地系外へ排除し、埋立廃棄物層に浸出水を滞水させないようにした構造。 廃棄物の微生物分解に伴って発生した熱で、埋立地内の温度が上昇すると、内部温度と外気温度の差によって熱対流が起こり、空気(酸素)が集排水管の水の流れとは逆方向に埋立地内部へ自然に流入されるため、特別な送風施設が不要で、施工も維持管理も簡易に行なうことができる。
埋立地は焼却灰などから塩類が出て、表土が固くなって雨水などが浸透しにくくなるのです。しかし地下浸透しないと安定化が図れないので、どうすれば地下浸透しやすくできるのかが課題になっていたのです。福岡大学を卒業してから九州大学大学院に行って、六角川の研究を8年間やりました。泥がものすごく溜まる川で、治水が難しい川なんです。海面とほどんと同じ高さで、有明海の泥が干潮、満潮の度に上がり下りするから、掘り下げてもすぐに埋まってしまう。堤防をつくっても崩れてしまう。結局、対策を施してもうまくいかない。それで当時の国土交通省の武雄事務所長が、泥が溜まらない川づくりというのはどうやったらできるのか、ということを研究し始めていました。それで毎日六角川に通って、泥の研究をしていたんです。九州大学での指導教官は楠田哲也先生です。楠田先生は日本の泥研究の第一人者。フロリダ大学に留学中に世界的権威の先生から学んで、当時は楠田先生と私と北九州大学の二渡了先生の三人しか泥について研究している人がいなかった。ドーバー海峡も干満の瑳が大きいので六角川と同じ悩みがありますし、イギリスのテムズ川とかオランダ、フランスなど、世界的には泥の研究が行なわれていますが、日本では誰も注目しない分野なんです。日本には六角川みたいな川はあそこにしかないんで、どこの参考にもならないから注目されないんです。これを8年間やってドクターをもらって福岡大学にきたんです。
福岡大学に来てからは、しばらく富栄養化の研究をやっていました。溜池にできるアオコとかをどうやったら浄化できるか、というような研究です。
次に取り組んだのが博多湾です。そのころから樋井川にゴミが多い、というので、ゴミ掃除から樋井川にかかわり始めて、ホタルとか鮎とかのことをやり始めました。
サッカー場と同時進行で、私の家を雨水ハウスとして建築中でした。もちろん、雨水利用という側面はあるんですが、私はどちらかというと水害対策が個人住宅でできないか、と考えていました。
近年、都市域はコンクリートやアスファルトによる不浸透面積が増大して、降った雨が地下浸透せずにすぐに河川に流れ込むことで水害が頻発しています。都市化による都市気候の変動も相まって、福岡市では1999年(平成11)6月29日に時間雨量79.5mmを記録し、甚大な被害が発生しました。福岡市城南区を流れる七隈川(ななくまがわ)においても、170戸が浸水被害を受けました。福岡大学は七隈川流域の約1割を占めており、流出抑制に寄与することは意義のあることだと思いからサッカー場をつくったわけですが、個人住宅でこれができないか、と考えたわけです。
家の基礎部分に、三つのタンクをつくって合計41.8t貯留しています。貯留量は、当初32tとしていましたが、41.8tまでタンクを大きくすることができました。
屋根に降った雨が、樋を伝って地下のタンクに入ります。最初に入った所で不純物を沈殿させてから、勾配を少しつけてゆっくり流れるようにしておいて、流れていった一番先できれいになった水を取水。つまり、家の下を川のようにゆっくり水が流れているのです。今、データを取っているところなんですが、実際に溜めたら41.8tよりたくさん溜められるかもしれません。
実は家の下にあるタンクがいっぱいになるとオーバーフローするようにできていて、一番大きな24.5tのタンク、これは庭の駐車場の下につくってあるんですが、ここに溜まるようになっています。
この駐車場下のタンクは防災用です。このタンクは底だけをシートでくるんでいて、側面から地下浸透するようにしてあります。このタンクを提供してくれたメーカーから「こういう使い方をしたときの水質を知りたい」と言われたので、最初は全部地下浸透させたいと考えていたんですが、底の一部に水を溜めるようにしました。
私は家の下の雨水タンクを〈多目的ダム〉と言っているんですよ。それが受け止めきれなくなった分を、駐車場下のタンクが受け止める。
以前から言われていることですが、トイレに水道水を使う必要はありません。我が家では溜めた雨水をトイレと洗濯、庭の散水に使っています。うちの妻は、当初、洗濯に雨水を使うことに抵抗があったようですが、やってみたら問題ないことがわかり今は普通に使っています。衛生的にもなんの問題もありません。
うちの家族は、雨水を四人で1日400l使っていますが、水道水使用を減らせば、当然、CO2削減にも貢献できます。雨が降らなければ使った分だけ貯留水が減りますから、次の雨のときに再び溜めることができます。
市販の雨水タンクのほとんどは、公園などの大型施設のためにつくられたものです。ただし、今後は個人住宅用にも進出していくことが予想されます。また、ハウスメーカーも今後は雨水タンクの設置を視野に入れていると思います。
この間、ニュースを見ていたら東京では井戸を掘るのが流行っているようですね。浅井戸を掘っているようですが、浅井戸は危ない。すぐに出なくなる恐れがあるし、衛生的にも危険がある。水循環の観点からも、地下水を強制的に汲み上げるのはやめたほうがいいと思います。自分で防災目的で溜めた水を、少しずつ自然に戻しながら使う、というやり方が理にかなっています。
井戸は流行っているんですが、雨水ハウスは今のところ流行る気配がありません。補助金がないせいもあるかもしれませんが、年間10万円程度払ってきた水道代がなくなるわけですから、長い時間はかかりますが取り返していかれる仕組みなんです。我が家でも、水道を使うのはお風呂と炊事ぐらいでしょうか。そこまでやれば初期投資は確実に回収できますから、普及しますよね。
各家でこのような雨水タンクを設置したら、水利用の形態が大きく変わりますね。多分、これをみんながやり始めると水道局と下水道局が経営的に困るようになるでしょう。ですから最初からこの仕組みを導入した人は上下水道は無料にする、ただし、上下水道の整備費だとか設備費だとかは、別の予算の中から出すことを確約すればいいんです。行政がルールを決めてしまえばいい。それを実現するためにも、データがないと説得力がありません。
とは言うものの、雨水利用は多目的利用の中でいったらごく小さいもので、私は土木の出身ですから、一番目指しているのは水害防止と強調したいのです。
今までは、水害抑制は「こういうやり方ではできない」といわれていたんです。しかし私は「そんなことはない」と思ってきました。
建築学会が推奨しているのは、6tのタンク。我々が無料で配っているのは、200lタンクです。今まで個人住宅で実施されていた雨水タンクが、少し小さ過ぎたので流出抑制効果を考えた場合に相手にされなかったのです。41.8tの貯留は日本ではもちろん一番でしょうし、世界的に見ても個人住宅という範囲では、一番なのではないでしょうか。個人住宅で考えたら41.8tはものすごく大量に思えますが、土地をうまく使えば実現できます。我が家ぐらい規模の大きなものをつくれば、個人住宅でも、流出抑制効果が充分見込めるのです。
我が家のタンクには屋根に降った雨だけを集めるようにしていますから、屋根をとても大きく設計しています。理由の一つは、水収支をはっきりさせるためです。これも抑制効果を明確にするためです。水害抑制効果を実証するために、研究室のコンピューターでリアルタイムでデータを見ることができます。10分に1回、携帯電話でネットに飛ばして送っています。ここで降雨の状況と貯水状況をモニタリングしています。
我が家の建っている地域の下水排水区には、1016軒の個人住宅があります。現在市販されている一番小さなタイプのタンクは32t。もし4割の住宅に32tのタンクがついたら100mmの雨が降っても93%まで防御できるので、水害になることはありません。仮に1割の家が導入したら23%防御に相当し、下水道でいったら60mmの降雨を処理できる性能に相当しますから、100mmの雨が降ってもそれほどひどい水害は起きなくなります。建築学会が推奨している6tのタンクだと、少し小さいですね。ですから少なくとも16tぐらいのタンクを最小と考えたほうが、水害抑制には現実的効果があると思います。
実は1週間ぐらい前に大手の新聞に「工学部の存在価値」という記事が載ったんです。なぜそんな記事が出たかというと、福島で原発事故が起きたとき原子力工学は事故を防ぎきらなかった。それじゃあ、存在価値はどこにあるの、という論調です。こういうことは、この先いろいろな場面で問われていくことだと思います。
だから、これからの工学者は目線を下ろしてきて、身近な問題をきちんと解決できるかどうかにかかっている。それはダムにしろ、道路にしろ、同じです。必要なことをきちんと説明できる能力と、本当の意味での工学的な仕事をきちんとやっていかないと認めてもらえなくなると思います。
工学部に所属する者として、私は身近な災害をどう防いでいかれるか、ということに取り組んでいかなくてはいけないんじゃないか、と考えています。
また、我が家の雨水ハウスが建築家と垣根を越えたコラボレーションをしたように、これからの土木技術は領域を越えていくことも求められると思います。
昔、高橋裕先生(河川工学者 東京大学名誉教授)がケーススタディというか実物から学問にしていく必要性を本に書かれていましたが、私も同じことを感じます。ただ成功するかどうかはわからないし、結果が出にくいから、今の若い研究者はやりたがりません。しかし本気で課題を解決するつもりだったら、研究室で解析するだけじゃなくて、どうやったら実現できるのか実践していかなくちゃならないですよね。
日本は技術を評価しないできてしまった国だから、技術屋さんを育てるのは難しい。人員削減といって国土交通省の採用も激減していますが、ちょっと減らし過ぎな気がします。土木工学は経験工学ですから、継承するしかないんです。誰も川のことを知っている人がいなくなってしまったら、将来の維持管理に不安がありますよね。
去年、うちの卒業生は35人。全員が公務員になりました。土木職の求人が多いのは東京都庁なので、東京都への就職が多い。東京都は、これから先の維持管理に必要な人材を、ものすごく教育します。実習期間も長くとって、若手職員が必ずベテランについて仕事を覚えるようにチューター(tutor)という制度をいまだに続けています。これをやらないと、あれだけの人が住んでいる地域の面倒をみられないことを、東京都はわかっているんでしょうね。
河川改修したといっても10分1のスペックですから、何もしなければ「川はあふれる」という前提で考えるべきです。そのために個人で貢献できることの一つが、雨水ハウスなんです。
この家にかかわった人は半端な数じゃない。設計士だって5人じゃ済まないでしょう。構造、タンク、設備などなど、ものすごく手が込んでいる。不具合は起きて当然、という覚悟も必要。その価値がわかって「これをやろう」と思ってくれる人を、まずは育てていくことから始めないとね。
また、単に雨水タンクがある家、というのでは面白くない。材料である木材にこだわったり、いるだけで気持ちが良い空間になっている、つまり家としても良い家だということが重要です。納得して、楽しんで建てる人が多くなるように、と期待しています。
(2012年6月29日)