「ミドリガメ」と呼ばれ、ペットとして親しまれてきたミシシッピアカミミガメ(以下、アカミミガメ)。成長すると甲長30cmほどになる北米原産の外来生物です。日本の湖沼や河川で増え続け、生態系を乱す存在として問題になっています。ウミガメの研究者である亀崎さんは神戸市立須磨海浜水族園の園長に就任後、淡水性カメの保護研究施設「亀楽園(きらくえん)」を設置。「アカミミガメを持ってきたら入園無料(期間限定)」という大胆な施策も講じて注目を集めています。アカミミガメの駆除と日本における淡水性カメの実態についてお聞きしました。
神戸市立須磨海浜水族園 園長 日本ウミガメ協議会 元会長
亀崎 直樹 かめざき なおき
私の元々の専門分野は系統学です。カメの分化と進化の過程を研究していました。名古屋鉄道(以下、名鉄)に入社して南知多ビーチランドで勤めながら、渥美半島でウミガメを調べ始めたのです。カメは好きでしたし、ウミガメを研究している人がいなかったという理由もあります。
名鉄が当時支援していた財団法人海中公園センターの八重山海中公園研究所に派遣されたのは1983年(昭和58)です。研究所があまり機能していなかったこと、そしてバブル景気に突入する寸前だったのでリゾート施設にする計画もありました。なんとかがんばって、名鉄からは「研究所を維持する方向で」と言われるようになりました。当初は2年間の予定でしたが4年間いましたね。ここでもウミガメを研究していました。
島の暮らしはとても気に入りました。快適すぎて私も妻も「熱帯病」にかかってしまい「まあ、なんとかなるさ」と大学院に戻って本格的にカメの研究をすることを決めました。名鉄を円満退社し、京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程に入学した私は少し落胆します。というのも、一般の人が知りたいようなこと、たとえば「ウミガメは何頭いるの?」というような素朴な疑問に答える研究は博士号につながらないからです。「カメの数を調べただけじゃないか」と言われておしまいです。
でも私は「人間は自然に対してなぜこれほどまでに思いをはせることができるのか」という答えを知りたかった。そこで知人に声をかけて1990年(平成2)8月に日本ウミガメ協議会を設立し、全国のウミガメの産卵頭数や漂着死亡個体を記録し、統一標識による調査も始めました。その結果いろいろなことが解明できました。1997年(平成9)に3000回台まで落ち込んだウミガメの産卵回数が今は1万5000回に回復しました。私たちの活動だけではないにせよ、多少なりとも貢献できたと自負しています。
ウミガメの調査と研究を続けるなか、女房・子どもを抱えていたので、予備校(河合塾)で週3日ほど講師を勤めて稼いでいました。ですから、日本のウミガメ研究に対する最大の功労者は河合塾ということになりますね。
大半の研究者がDNAに進むなか、系統学を選んだ私はとにかく片っ端から測定していました。たとえばカメの頭なら24カ所測るのです。アメリカのスミソニアン博物館などカメの標本があるところにはくまなく足を運びました。すると海外のシンポジウムに呼ばれるようになりました。私を含めてウミガメの形態のことを語れる研究者が世界で3人ほどしかいなかったからです。
日本爬虫両棲類学会など研究者の集まる場所に行くと、必ず話題になるのは川や池沼に棲むカメのことでした。「イシガメがアカミミガメに置き換わっている。なんとかしなきゃいけない」と。しかし、学者の悪いところで「行政に働きかけて駆除しなくては」と言うのですが、自分たちではまったく行動しないのです。
アカミミガメに関しては、大きな論点が1つありました。「アカミミガメを捕まえてどうするのか?」という問題です。私は、外来生物は駆除するしかないと思っているのですが、「殺してはいけない」と言う人ももちろんいます。しかし、現実問題として増え続けていた。「ならばアカミミガメの収容施設をつくって、ほどよく大事に飼う場所をつくってはどうだろうか」と考えました。
2009年(平成21)に神戸市立須磨海浜水族園が指定管理者制度を導入することになりました。そしてジョイントベンチャー(共同企業体)が2010年(平成22)4月から指定管理者として運営することになり、私は園長として就任を打診されました。しかし、私は東京大学の客員教授になっていましたし、週3日だけ予備校で稼ぐ「気ままな生活」が気に入っていたので最初はお断りしました。
しかし、熱心に口説かれて「これまでの研究も続けられるし引き受けてもいいかな」と思うようになりました。園長を引き受けるにあたっていくつか条件を出したのですが、その一つが「アカミミガメの収容施設をつくること」でした。
こうして園長に就任し、淡水性カメの保護研究施設「亀楽園(きらくえん)」をつくりました。目的は、アカミミガメを収容することで駆除活動の普及を促し、この問題について広めることと、淡水性カメの研究に役立てることです。2010年(平成22)8月10日にオープン予定でしたが、予想通りに園長の仕事は忙しく、アカミミガメを獲りに行く時間がありません。スペースだけつくってカメがいないというわけにもいきませんから、「アカミミガメを水族園に持ってきたら入園無料」をやろうと考えました。入園料は1人1300円ですから、アカミミガメ1匹を1300円で買い取るようなものです。営業部にはえらく怒られましたね。
「アカミミガメ・パスポート」と銘打って告知したところ大盛況でした。毎日ものすごい数のアカミミガメが持ち込まれて、1週間で700匹集まりました。私にも研究者の意地がありますから「どこで捕まえたのか」「誰がいつどこで買ったのか」「買った人と飼っていた人は違うのか」などありとあらゆることを聞きました。記録したのは(1)サイズ、性などの生物学的データ、(2)購入場所、捕獲場所などの由来に関する情報、(3)購入した人間、飼育していた人間などの社会学的情報、(4)個体識別のための標識です。1匹ずつすべて測定してデータを集めました。
8月までに800匹ほど集まりました。さらにカプセルトイ(カプセル自動販売機)でカメのエサを販売したところ、これも大人気でした。エサをあげる人、エサをもらえるカメ、そしてエサの販売で利益を得た私たち、みんなが幸せになりました。
カメの産卵期は5〜7月です。そこで産卵期が始まる毎年5月にアカミミガメ・パスポートを実施していて、2〜3週間でおよそ500匹が集まります。今は1800匹ほど収容していますが、集められたカメは標識をつけて飼育するほか、研究用に解剖したり、ある大学に解剖実習用として献体するなどしています。
アカミミガメ・パスポートでわかったことはいろいろあります。まず、飼いたいといった子どもが自分で飼い続ける率は1割にも満たないことです。たいてい母親がエサをあげて水替えして世話をします。ところが、子どもが大学生や社会人になって家を出ていくと、カメだけぽつんと残る。そこで母親は「なんで私が世話しなければいけないのか」と気づくわけです。飼い始めて4年以内に手放す人が多いのですが、その次に8年、そして13年が多いのは、そうした事情があるようです。
(1)購入して飼育、(2)野外で捕獲、(3)野外で捕獲して飼育、それぞれで甲長(甲羅の長さ)を調べると、野外で捕獲したカメの3〜5cmと20〜23cmが多かった。これは野外で繁殖している証拠です。ところが、環境省の見解は「アカミミガメが日本で繁殖しているかどうかわからない」。しかし、どう見てもアカミミガメは繁殖していますので、若手研究者に学会で発表してもらうなど、日本におけるアカミミガメの生態を明らかにしています。
園長に就任する数年前から、私は川や池を調査していました。ずっと海をフィールドにしていたので、久しぶりに川や池を見たところ愕然としました。在来種がほとんどいない悲惨な状態だったからです。子どもの頃たくさんいたはずのタナゴやモロコはおらず、カメはアカミミガメとクサガメばかり。あまり知られていないことですが、クサガメは在来種ではなく、300年前に中国から来た外来種なのです。日本全国でカメを捕まえましたが、アカミミガメが6割、残りはクサガメで、唯一の在来種であるイシガメはほとんどいません。
外来種問題とは、その土地に生息していなかった生物が侵入して、本来の生態系が破壊されてしまうことです。いったん侵入すると駆除しなければ回復しませんが、完璧な駆除は困難です。さらに、遺伝子浸透を起こすとさらに回復が難しくなります。実際に日本では、イシガメでもなく、クサガメでもない雑種が多数確認されています。このまま交雑が続けば、日本のイシガメは地球上から姿を消してしまうでしょう。
また、アカミミガメの生息域についても意外なことがわかりました。「ペットとして飼いきれなくなった人が捨てるからアカミミガメが増える」といわれてきましたが、実は熊野川の河口、四万十川の河口、筑後平野など自然豊かな地域、言い換えれば人間が少ない地域にもアカミミガメがうじゃうじゃいるのです。どういうことなのか考えると、祭りや縁日でよく見かける「カメすくい」に思い当たりました。金魚はすぐに死んでしまいますが、カメは簡単には死にません。しかし、次のシーズンにはカメが成長するので「カメすくい」には使えない。始末に困った業者が川に子ガメを捨てているようなのです。確たる証拠はありませんが、そう推察しています。
捨ててしまうくらいなら私たちのところに送ってもらいたいところですが、今のところ妙案はありません。ただし、2013年(平成25)の秋にお隣の明石市で「飼っているカメをお預かりしますキャンペーン」という新しい試みを行ないました。明石市では市民から廃食用油(植物性天ぷら油)を回収しているのですが、そのときにカメも預かるという仕組みです。10月だけで約100匹集まりました。市民の中にどれくらい「余剰なカメ」が潜在的にいるかを調べたかったのですが、この結果から人口換算にして全国でおよそ10万匹のカメが余っていると考えています。
アカミミガメ・パスポートをスタートしてから、市民から苦情が寄せられました。須磨海浜水族園のそばの須磨寺の前に堂谷池(どうやいけ)という池があるのですが、「私がエサをあげて育てていたのにカメがいなくなった!」と怒りの電話がかかってくるのです。私たちが駆除したところ、堂谷池ではアカミミガメがほとんど捕獲できなくなりましたからね。
また、「ブラックバスを持ってきたら入園無料」という「ブラックバス・パスポート」を行なったこともあります。アカミミガメとは異なり、北米原産のブラックバス(オオクチバス)は特定外来生物に指定されているため、生体を運ぶことができません。つまり「殺して」持ってくるしかないのです。これも批判を浴びました。「生命の尊さを教えるべき水族園が、何をやっているのか!」と市長にまで抗議した市民がいました。
気持ちはわかりますよ。もちろん外来生物に責任はないです。運んできたのは人間ですから。しかし、すべての生き物を大切にしていると、日本の生態系はどんどんひどいことになっていくばかりです。苦情を申し入れてきた人たちとは何回も話をしました。じっくり話をしているとほとんどの場合、理解してくれます。
批判されながらも突き進むのはなぜか? 私は他人に怒られることが怖くないからでしょう。ウミガメの保護に取り組んでいるときは、国土交通省をはじめ全国の自治体とケンカしていました。たとえば防波堤の工事などはしっかり意見を出さなければ、適当につくられてしまうので文句を言い続けてきました。予備校の講師という生活の糧を得る手段がほかにあったので、「勝手にものが言える人間」だったのですね。水族園の若い従業員や研究を手伝ってくれる若者には、「怒られたり、失敗したりという難儀なことを楽しめよ」と話しています。人命にかかわらない程度のトラブルだったら楽しまなければ損ですよ。「クレームがきた? おもろいやないか。よし、その人に会いに行こう!」とね。今、日本はみんな委縮していますから、1000人に1人くらいは私のような人間を配置しておいたほうが、バランスが良いと思います。
市民の方々にお願いしたいのは、本質的な議論をしてほしいということです。たとえば、今の日本は空前のペットブームです。老人が生きがいを求めて犬や猫を飼いますね。しかし、飼い主が病気になったりケガをしたら、とたんに世話ができなくなる。殺処分されるペットがいったいどれほどいるのか、多くの人は知らないし、話し合おうとしませんね。外来生物の問題も同じことです。町内会でゴミ当番をめぐって揉めるくらいなら、「あの池のカメ、どうしよう?」「駆除する?」とみんなで話し合うほうがきっと楽しいし、健全だと思います。ぜひ興味をもってほしいですね。
(取材日 2014年1月15日)