今の私たちの暮らしは、石油や石炭といった化石燃料に頼っています。しかし、化石燃料は限りがあるうえ、利用することによって排出される二酸化炭素による地球温暖化や窒素酸化物による酸性雨など、さまざまな環境問題の要因ともなります。世界中で代替エネルギーの開発が進められていますが、その1つにバイオマスがあります。バイオマスとは「再生可能な生物由来の有機性資源(化石資源を除く)」ですが、筑波大学では藻類から燃料を取り出す研究に取り組んでいます。循環型社会の実現に大きく貢献する可能性を秘めた「藻類バイオマスエネルギー」について鈴木石根教授に伺いました。
筑波大学 生命環境系 生命環境科学研究科 環境バイオマス共生学専攻 教授
藻類バイオマス・エネルギーシステム研究拠点 代表
鈴木 石根 すずき いわね
私たちが研究しているのは、「ボトリオコッカス」と「オーランチオキトリウム」という微細藻類(以下、藻類)です。この2種は「炭化水素」を取り出すことができる藻なのです。炭化水素とは、炭素と水素だけでできていて酸素を含まない化合物で、原油に近い成分。ですから、石油精製プラントやガソリンスタンドをはじめとする既存のインフラにほぼそのまま供給することができる。そういう大きな可能性を秘めた藻類なのです。
再生可能エネルギーにはさまざまなタイプがありますが、その多くは電力を生み出すためのエネルギーですね。太陽光、地熱、風力、水力などは、自然の力を電力に変えて利用するものです。しかし、電気エネルギーだけではなく、ガソリンや灯油、軽油、重油などの液体燃料に代わるものがどうしても必要になります。液体燃料をつくることができるのはバイオマスだけです。石油や石炭もかつて地球上に生えていた植物やプランクトンの死骸ですから、最も化石燃料に近いパフォーマンスが出せるのはバイオマスだろうと考えられています。
ところが、陸上植物を用いたバイオマスの場合、食料を生産する場である農地とバッティングしてしまう問題をはらんでいます。バイオエタノールが脚光を浴びた時期がありましたが、その結果、穀物の価格が高騰しました。「陸上の植物でバイオマスエネルギーを生産すると、人間の食料が生産できなくなる」という矛盾を抱えることになってしまう。
その点、藻類ならば農地を使う必要はありません。水は必要ですが、藻類の中には海水でも育つ種もある。また、単位面積あたりの生産量が陸上植物に比べて数十倍も高いのです。藻類の特長をうまく引き出して組み合わせることで、食料の生産を妨げることなくエネルギーをつくることができる可能性を秘めています。
もともと私は光合成の研究をしていました。今は藻類をモデルに、温度の昇降や日光の影響、栄養塩の多寡といった環境の変化に生きものがどう対応するかを探究しています。
縁あって筑波大学に来ましたが、ここは前身である東京教育大学の時代から、他大学との差別化を図るため、動物では無脊椎動物を、植物では維管束(いかんそく)のない植物をテーマにする研究者が多かったそうです。もちろん全員ではないですが、多くの先輩がそうしていたらしいのです。
その伝統は茨城県つくば市に移ってからも生きています。他の大学ならば藻類の研究者は多くても1人ですが、筑波大学には藻類の研究者がたくさんいるのです。私のような代謝工学だけでなく、分類学や分子生物学などバックグラウンドの異なる研究者がそろっている。つまり、藻類からバイオマスエネルギーを取り出すという新しい研究に対して、多くの研究者がさまざまな視点から協力できる土壌がもともと備わっていたのです。
一般的な藻類は、光合成をし有機物をつくって自分の細胞を増やしてどんどん増えていきます。ところが、窒素や硫黄、リンなど「なにかが足りない状態」になったとき、光合成はするけれど細胞は増えていかないことがある。光合成はせざるを得ないので有機物ができますが、それを細胞に溜めておいて、再び生育条件がよくなると有機物を分解し、細胞分裂して増えていくのです。この有機物はトリグリセリド(トリアシルグリセロール)という中性脂肪の1つでサラダオイルのような油ですが、そのまま燃料にすることはできません。脂肪酸をメチルエステル化するという特殊な加工をしないと、燃料や工業原料にはなりません。
ところが、ボトリオコッカスとオーランチオキトリウムは、これらの藻とは違って炭化水素を溜めます。ボトリオコッカスは「ボトリオコッセン」、オーランチオキトリウムは「スクアレン」という炭化水素を蓄えます。先ほどお話ししたように、これらの炭化水素は原油とほぼ同じ扱い方で燃料として使うことができます。
この2種の藻類にはそれぞれ特徴があります。まずボトリオコッカスは、光合成をして自身で炭化水素を溜めますが、生育に必要な成分の合成を光のエネルギーによる、光合成にだけ依存しているため成長が遅いのです。それに対してオーランチオキトリウムは、光合成はせず、成長に必要な栄養素を体外の有機物の供給に依存する従属栄養性の藻類です。有機物を細胞に取り込んでエネルギーとするため、十分な養分が与えられれば、ボトリオコッカスよりも生育は早いのです。
なぜ2種を組み合わせるかというと、ボトリオコッカスは光合成で生育しますので、光の獲得のため培養するには広大な面積が必要です。どうしても容積が大きくなる。つまり回収コストが嵩むのですね。オーランチオキトリウムは濃縮培養ができるため、スペースが狭くても培養できますが、外から栄養素を与える必要がある。そこで、私たちはボトリオコッカスの油を搾ったあとに残る多糖をうまく分解して、オーランチオキトリウムに「エサ」として与えることを試みています。
つまり、互いの長所を活かしつつ、補完し合える環境をつくることが、実用化への近道なのです。
実は、ボトリオコッカスとオーランチオキトリウムはそれぞれ別々に研究していました。これらを組み合わせた「ハイブリッド・システム」は、2013年(平成25)から研究を本格化したところです。5年間で実証プラントをつくるところまで進めたいと考えています。
この2種は、実験室の中ではそれぞれきちんと能力を発揮しています。理論的には十分有用なのですが、実際に大量培養するときにどこまでできるかが問題です。
というのも、藻類の生育に適した水温は20度から35度ですが、日本は平均気温が低く、日照時間もあまり長くありません。太平洋側はまだしも、日本海側は冬が長くて雪も多い。そこで、日照時間が長くて気温が高い、藻類の生育に適した外国で生産することも視野に入れていますが、残念ながらそういう気候の国は水資源があまり豊かではありません。藻類を培養するには水が必須ですが、日本は水の供給に関しては恵まれています。そこで、国内でうまく培養するために知恵を絞っているところです。
現在、本学において三つのプロジェクトが動いています。一つめは「つくば国際総合戦略特区」です。私たちの藻類バイオマスエネルギーは先導的プロジェクトに位置づけられています。光合成をするために必要な土地を休耕地に求めました。栽培していないとはいえ農地ですから本来なら許可されないのですが、特区のシステムを利用してお借りしています。藻類の培養施設を建設中で、2014年(平成26)3月から稼働できる予定です。
二つめは「排水」を利用したプロジェクトです。東日本大震災で被災した仙台市の南蒲生浄化センター(下水処理施設)で仙台市、東北大学とともに進めています。藻類を培養するには炭素源や窒素源、リン酸、硫黄といった無機栄養が必要ですが、大量に育てるためにはそれらの成分のコストが嵩みます。そこで排水の中の有機物を利用しようというアイディアがもとになっています。
下水・排水の処理には、好気性微生物を利用して有機物を分解し浄化する活性汚泥法が用いられています。その中の有機物を使ってオーランチオキトリウムを培養、スクワレンを生産します。さらに、有機物を取り除いた処理水は窒素やリン酸などの無機化合物を含むので、これでボトリオコッカスも培養できます。
こうして生み出された液体燃料は、活性汚泥を焼却する燃料として使うことができます。燃やす際に出る排熱水は、気温が低い冬場に培養液の温度を管理することに用いる。焼却炉から発生するCO²は光合成する藻類に固定させればよいし、下水処理施設なので水の確保も容易。まさに「良いことづくめ」なのです。
南蒲生浄化センターは現在改修中ですが、施設を平屋から2階建てにするため、敷地に余裕が生まれます。そのスペースを活かして藻類の培養施設をつくりたい。2016年度には実証プラントを稼働させたいと考えています。
三つめは、福島県南相馬市におけるプロジェクトです。津波で海水をかぶって栽培できなくなった海岸沿いの田んぼに、その土地固有の藻類を育てて、液体ではなくペレット化して固形燃料をつくるのです。藻類ペレットには石炭と同程度の熱カロリー(重さあたり)がありますので、「火力発電所ならうってつけではないか」と考えています。南相馬市には東北電力の原町火力発電所がありますから、実証プラントで炉に与える損傷の有無などを確認し、ぜひ地域内のエネルギー循環システムを確立したいと考えています。
藻類バイオマスエネルギーの実用化は十分可能です。あと数年で、というわけにはいきませんが、将来有望だと考えています。たとえば「つくば国際総合戦略特区」のプロジェクトのゴールは、つくば市内で自動車を走らせること。実は、ある自動車メーカーがこの研究の主導者である渡邉信先生(筑波大学大学院教授)が開発した油を用いてテストコースで試走したところ、軽油に7割まで混ぜても支障なく走行できました。ただし、公道を走るには「揮発油等の品質確保等に関する法律」をクリアしなければならないので、まずは藻類の液体燃料の生産量を増やすことが先決です。
実用化に向けた最大の難関は生産コストです。現時点で1Lあたり800円程度まで下がってきていますが、レギュラーガソリンが1Lあたり150円前後ですので、生産性を高めてコストを下げることが必要です。そのためにも全体の収量とのバランスを考えた最適な生産方法を追究しているところです。
一つには人工光の照射があります。昼間は自然光で十分ですが、藻類は絶えず呼吸しているので、昼に蓄えたものが光合成のできない夜間に自己呼吸で失われてしまう。生産性を落とさないためには、夜間に必要最低限の人工光を当てる必要があるので、電気代などのコストと失われる油の損失とのバランスを検討しています。
また、液体燃料はどうしても単価が低いので、藻類から取り出した油をもっと付加価値の高い薬品や化粧品の原料として用いることも考えています。企業が参入しやすい環境をつくるために、こうした分野も併せて研究しています。藻類の産業化をめざして、2010年(平成22)6月に「一般社団法人 藻類産業創成コンソーシアム」を設立しました。現在80社ほどの企業と研究者20名以上が加入しています。民間企業は、私たちが知り得ない素晴らしい技術をたくさん持っているはずですので、もっともっと多くの企業に力を貸してほしいですね。
一般消費者への訴求力は非常に高いと思います。メディアにも私たちの研究はたくさん取り上げていただいています。実際にアメリカではバイオエタノールを含んだガソリンが、多少割高でも消費者に受け入れられているのです。植物由来のエネルギーは、環境に優しいというイメージが強いです。石油の代替エネルギーとして藻類の研究は各国で行なわれていますが、炭素水素を生み出す藻類の研究に取り組んでいるのは日本では私たちだけですし、世界でも数少ないのです。既存のインフラをそのまま生かせるという利点がある藻類バイオマスエネルギーに、ぜひ関心を持ってください。
(取材日 2014年1月21日)