紺色の制服は、消防団員。消防団の訓練にも、オレンジ色の制服の消防署員が立ち会っている。 丸の内消防団の、訓練風景。
編集部
火事は怖いと感じて、いろいろな備えをしている人は多いはずです。しかし、より恐ろしいのは同時多発火災ではないでしょうか。阪神淡路大震災では、1995年1月17日午前5時46分の地震発生後、6時までの最初の14分間で54件の火災が発生しています。そして、最終的な神戸市全体の焼死者は528名にのぼりました。
燃え盛る火災現場を前にして、なす術もなく立ちつくす被災者の姿のテレビ映像を、目に焼けつけている人は多いでしょう。同時多発火災が起こり、一斉に消火栓が開けられたため水圧が得られず満足な送水ができなかったり、海からポンプ車を連ねて長距離送水を試みても、途中のホースを自動車が踏むなどして期待したほどの効果が挙げられませんでした。阪神淡路大震災で、消防は多くの教訓を得たのです。
しかし、これは神戸だけの話ではありません。同時多発火災は、地震列島日本の都市ではどこで起こってもおかしくない火災といえます。
そこで、東京のど真ん中、丸の内の火災への備えはどうなっているのかと、丸の内消防団と丸の内消防署を訪ねてみました。
東京には98の消防団がありますが、区部になるとサラリーマン、すなわち被雇用者の団員が多くなります。
全国約1万4000人の消防団員の内、現在38%が「サラリーマン団員」です。本来、地元密着型コミュニティ組織だった消防団ですが、団員数はこの数年間微減傾向にあります。そんな中、サラリーマン団員数の比率は着実に伸びています
その典型的な例が、82名の団員を擁する、東京・丸の内消防団といってよいでしょう。ここは「日本唯一、サラリーマン団員100%」の消防団で、団員は勤務地で企業人として団活動をするのです。
丸の内は定住人口が非常に少ないオフィス街。なにしろ、丸の内消防署の管轄地域(千代田区大手町1〜2丁目、丸の内1〜3丁目、有楽町1〜2丁目、内幸町1〜2丁目、霞ヶ関1丁目)の定住人口は、わずか42名にすぎません。それに対して昼間の人口は24万2000人。つまり、昼間は目黒区の人口とほぼ同じ人数が、ここに集まって来ているのです。したがって、このまちで消防団を組織しようとすれば、ここに立地する企業サラリーマンに頼るしかありません。副団長の古屋俊晴さん(富国生命ビル株式会社)もそうした一人、丸の内の事情を話していただきました。
丸の内消防団の所属企業数、約50社。地域への密着性はほとんどありませんので、定着率は悪いです。人事異動で転勤になれば、辞めざるをえないからです。その意味では、他の地域の消防団とは性格が非常に違います。そのような中で、私自身は25年前に入団して以来、勤め先がある内幸町を一度も離れていません。まあ、私のような例は特別でしょう。
他の地域の消防団では、自営業の人が多いですから、自分で時間を都合できます。しかし、丸の内消防団員は被雇用者ですので本人が消防団活動に行きたいと思っても、仕事が忙しいときには会社を抜けにくいですね。また、団員の7割が防災センター関連の部署に勤務しているため、夜勤を持っています。夜勤明けに「来てくれ」というわけにもいかず、実働団員数は常時4割くらいと思います。
丸の内の企業は、多かれ少なかれ消防署のお世話になっていますから、上司から「消防団として行ってこい」と言われて入団するケースが多いです。私の場合も同様で、幸い上司のバックアップもあったので、長く続けることができました。
丸の内では、この20年くらいほとんど火災がありません。火災のときは消防署がすぐに来ますし、高層ビルの場合消防設備が調っていますから、消防団の仕事としては交通整理などの手伝いが主になるのでしょうね。消防団で出動したというと、むしろ水害です。濠の水が溢れたり、地下鉄の入り口に土嚢を積んだりしたことはありました。
もし業務として消防団に参加するなら、団の活動を会社はどう評価しているのかという点は気になるでしょうね。いま団員の平均年齢は30歳代で、職場では働き盛りです。もし消防団活動で怪我をした場合、労災が適用されるのか。仮に労災がおりても、怪我で休んでいる間の評価はどうなのか。消防団活動を、会社は業務として評価するかどうか。もしかしたら、出世にひびくかもしれない。だから上司や会社の考え方によっては、消防団活動に参加するリスクはあるんです。
私は「私がもし消防団で怪我を負い、3カ月休んだらどうなりますか」と会社に訊きましたよ。その点の確認がとれないと、会社員として不安ですからね。うちの会社の場合は、結局、団活動で遭う可能性のある怪我などについては免責する、という回答を得られました。また、我が社で成果主義が導入されたときには、「消防団の仕事は大変なんです」と最初に申告しました。消防団活動に時間がとられれば、成果主義の実績に影響があるのだから、当然申告しておかないとなりません。でも、他の消防団員がそこまで会社に確認しているとは思えませんね。
やはり、会社を背負った団員なんですよ。ですから消防訓練では、案内状に加えて上司宛の依頼状も添えられてきます。会社があっての消防団なんです。
消防団で得た経験や知識は、帰宅して自分のまちにいるときにも、充分役立てられると思います。しかし、自宅にいて大地震が起きたときに、どこを守るべきなのでしょうか。丸の内という地域が先か、自分の会社が先かという問題に、地元という選択肢がもう一つ加わることになります。給料は会社からもらっていますが、消防団としては地域も守らなくてはいけません。もちろん、自宅も大切です。団員は「会社」「丸の内地域」「自宅」の3つを守らねばなりませんから、大変です。
私の場合、自宅が会社から地理的に近いので、出社することが可能です。出社してまず社内の安全確認ができれば、そのあと丸の内消防署に行くでしょう。会社から「あいつは丸の内消防団員だから」と認められていますから。そこは各企業の考え方や、団員さんの職階によっても異なるし、実際問題として交通機関が麻痺した状態で出社できる団員がどれだけいるか。
ところで、「消防団とは何ですか」と訊かれると、説明しづらいのでいつも困ります。私は、「消防団はボランティア」ではなく、むしろ、地域の「ある職業」と考えたほうがいいと考えています。ボランティアというと「余力があるときにすればよい」と考えて、自分の中での消防団の位置づけがあやふやになってしまいます。けれども丸の内に余力を残しているビジネスマンなんかいませんからね。やはり消防団活動は会社としての業務と見なすのが、妥当なのではないですか。
こうした服装の違いは、騒然とした現場で、一目で所属と持ち場をわからせるメリットがある。上空を飛ぶヘリコプターからも、そのことは一目瞭然だ。
こうした目で見てみると、土嚢を積む訓練も、所属によってはっきりと役割分担が決められていることがわかる。土嚢を手渡されて、実際に積んでいくのは、すべて消防署員の仕事である。
古屋さんの話は、丸の内という土地柄での消防団の性格を示していて、大変興味深いものでした。丸の内は、まさに企業都市なのです。「20年も目立った火災はない」というほど都市の不燃化も進んでいますが、どうしても自主防災組織が弱くなってしまうことは否めません。むしろ、公の消防署がしっかり守りきるというのが、丸の内というまちの在り方なのでしょう。
では、そんな企業都市の消防水利はどうなっているのでしょうか。
丸の内消防署消防司令補の今井健晴さん(29)は、2004年の12月に配属されたばかり。それまでは、小岩消防署勤務で、丸の内の特殊性に最初は戸惑ったそうです。
「丸の内消防署の管轄では消火栓・防火水槽が密集していますので、そこの消火栓がとれなくても、隣の水が使えるという安心感があります」
そう言って、消防水利原図を見せていただきました。丸の内の地図に、公設消火栓、私設消火栓、貯水槽、兼用水槽(飲料用受水槽、雨水貯留槽、蓄熱漕、雑排水用受水槽)、大形高圧消火栓、貯水池、プール、河川、溝、池、濠、海、井戸などが、水量とともに記されています。
見ると、丸の内、大手町のあたりは、消火栓が非常に細かく配置されています。さらに、各ビルが80t、120t、240t級の貯水槽を備えています。その上、皇居の濠、北方の日本橋川といった自然水利も残されています。
平時の丸の内は、消防水利も鉄壁の企業都市なのです。
丸の内消防署管轄内には、日本橋川と皇居のお濠という、頼もしい自然水利が控えている。それに加えて、各ビルごとに消火栓や憩いを兼ねた消防水利が完備され、万が一に備えている。
岐阜県・郡上八幡の古いまちなみは、軒がそろえられ、しっかりとしたうだつが上がった火災に強い造りになっていた。うだつの下には水路が張り巡らされ、ところどころ水位を上げるために堰板がはめられている。堰板によって水位を上げる目的は、田圃に農業用水を引き入れたり、洗い物をしたりとさまざまだが、もう一つはバケツなどで水を汲み上げやすくするということ。平時は水撒きなどに利用されるが、いざ火災となったときは、水位が上がり、汲み上げやすくなった水路は心強い消防水利となる。設けられた「カワド」や井戸には、火災が起きたときに備えて半鐘が下がっている。生活に根差した水路は、同時に消防水利としても活用されてきたことがわかる。