機関誌『水の文化』29号
魚の漁理

《コモンズとしての里海》

古賀 邦雄さん

古賀 邦雄

1967年西南学院大学卒業。水資源開発公団(現・独立行政法人水資源機構)に入社。 30年間にわたり水・河川・湖沼関係文献を収集。2001年退職し現在、日本河川開発調査会、筑後川水問題研究会に所属。 2008年5月に収集した書籍を所蔵する「古賀河川図書館」を開設。

昔から日本人は、自然界の動植物、魚族を獲得することによって生きてきた。生業である適正な林業、農業、漁業の発展があり、豊かな物質文明を享受してきた。東北芸術工科大学東北文化研究センター編『季刊東北学第5号〜里山、里海暮らしの中の山と海』(柏書房2005)は、人間と山と海とのかかわりとその変容を述べる。

松永勝彦著『森が消えれば海も死ぬ−陸と海を結ぶ生態学』(講談社1993)の中で、「森林は天然のダムであり、洪水を防ぎ、河川水量をできるだけ一定に保つ重要な役割を持っている。また森林は川を通して海の植物プランクトンや海藻を増やす栄養素を海に運び、食物連鎖によって魚介類を増やす大きな機能もある。さらに河川の恩恵を受けて生い茂った海藻(海中林)は産卵や稚魚の成育の場となっている」と論ずる。だが、高度経済成長後、森林の乱伐採、河川のダム建設、河川改修工事、また沿岸一体の埋立造成によって、このような森と川と海がつながる生態系の機能は崩壊してきたと指摘する。

日本の海岸延長は3万5126kmであるが、1960年以降、臨海工業地帯の造成地により、海浜が急速に失われ、コンクリートに覆われた海岸が増え、海岸侵食が進んだ。その実態を捉えた宇多高明著『海岸侵食の実態と解決策』(山海堂2004)がある。さらに宇野木早苗著『河川事業は海をどう変えたか』(生物研究社2005)には、九州・球磨川にダムが建設された後、八代海の生き物の産卵、保育場となっていた藻場と砂干潟が次第に消え、泥化し、漁獲量が減少していったという。

長崎福三著『システムとしての<森−川−海>』(農山漁村文化協会1998)は、森林、河川そして海は水という「血液」を通してつながった身体のようなものである、と主張する。そして魚付き林の効用を論じる。屋久島はスギ、イスノキ、ウヱシロガシの森林に覆われており、年間平均4000mmの大量の降雨量は大小40河川に分かれて半径10数kmの陸地を滝のように流れ海に注ぐ。この海域には多くの種の魚、浮魚の産卵場となっている。とくにブリ、トビウオ、アジ、サバなどの浮魚の産卵が多く、屋久島全体の森林は魚の棲息、繁殖用の魚付き林の役割を担っているという。柳沼武彦著『森はすべて魚つき林』(北斗出版1999)もある。

  • 『森が消えれば海も死ぬ−陸と海を結ぶ生態学』

    『森が消えれば海も死ぬ−陸と海を結ぶ生態学』

  • 『システムとしての<森−川−海>』

    『システムとしての<森−川−海>』

  • 『森が消えれば海も死ぬ−陸と海を結ぶ生態学』
  • 『システムとしての<森−川−海>』


最近、海の荒廃化を防ぎ、漁獲量の確保を図るために、漁民が森に植林する運動が注目されるようになった。それは、畠山重篤著『森は海の恋人』(北斗出版1994)、児童向けに畠山重篤著・カナヨ・スギヤマ絵『魚師さんの森づくり』(講談社2000)、松永勝彦・畠山重篤著『魚師が山に木を植える理由』(成星出版1999)、相神達夫著『森からきた魚−襟裳岬に緑が戻った』(北海道新聞社1993)、柳沼武彦著『木を植えて魚を殖やす』(家の光協会1993)にみられる。

柳哲雄著『里海論』(恒星社厚生閣2006)によれば、これからの人と海のつきあい方について、「持続可能な開発」から「持続可能な生存」の時代に変えなければならないと主張する。そのためには海と人とのつきあい方を示す新しい言葉として「里海」なる概念を提案する。即ち「里海とは人手が加わることによって、生産性と生物の多様性が高くなった海」と定義する。沿岸海域を里海とするためには、沿岸海域の物質循環を定量的に明らかにして、人々がどの部分に手を加えることが沿岸海域の生態系を豊かにするかを考え、沿岸海域におけるさまざまな自然修復、再生事業を行なわなければならないと主張する。さらに里海の瀬戸内海と有明海の近年における漁業生産力に関し分析を行ない、水田から得られる食料は植物性炭水化物であるのに対し、干潟、里海から得られる食料は人間にとって炭水化物より上質の動物性タンパク質であることを指摘し、食料生産の視点から高い費用をかけて干潟、里海を水田に変えることはほとんど意味がないと論ずる。

  • 『魚師さんの森づくり』

    『魚師さんの森づくり』

  • 『里海論』

    『里海論』

  • 『魚師さんの森づくり』
  • 『里海論』


海辺の再生を求めて里海を論じた、まな出版企画編・発行『季刊里海<創刊号>』(2006)、瀬戸山玄著『里海に暮らす』(岩波書店2003)は、江戸前の浅草海苔の復活や千葉県木更津の漁師、高知県の柏島の里海づくり、鹿児島の諏訪之瀬島での漁業生活の実態を捉えている。また日高健著『都市と漁業』(成山堂書店2002)は、福岡市の姪浜、能古島、北九州市の脇田における都市漁業の活性化の事例を検証しながら、都市化が進む沿岸域で、漁業が里海として持続可能な生存の道を都市住民との交流を通じ、追及する。

魚族だけでなく、里海は海藻類も補採される。海藻類は食用の他に、工業用、医薬、美容のためにも利用される。例えば入れ歯の歯形をとるときに、グニャっとした感触のものを噛むことがある。この主成分は海藻から抽出された寒天とアルギ酸であるという。

山田信夫著『海藻利用の科学』(成山堂書店2000)は大変興味を引く。身近な里海である東京湾水域12万haでは、都市施設の開発によって埋め立てられた土地造成地面積が2万6000haにも達した。若林敬子著『東京湾の環境問題史』(有斐閣2000)は、沿岸漁業の衰退に関し、高度経済成長期のわずか20年間における東京湾の変貌を追う。そして、中村尚司・鶴見良行編著『コモンズの海−交流の場・共有の力』(学陽書房1995)を紹介しながら、東京湾を総有的な共同利用の管理を図る、コモンズとしての海を提唱する。

柳哲雄は、前掲書「里海論」の中で、環境に関連したさまざまな問題を解決するには人類が共通の行動規範=環境倫理を持たねばならないという。よりよい里海を創るには1971年イランのラムサールで生まれた湿地の賢明な利用(ワイズ・ユース)のラムサール条約にちなみ、沿岸海域における「ワイズ・ユース」としてのコモンズの海を確立すること、と主張する。

秋道智彌・岸上伸啓編『紛争の海−水産資源管理の人類学』(人文書院2002)は、沖縄のパヤマ漁業紛争、マラッカ海峡の資源をめぐる紛争、マダカスカル漁民のナマコ資源枯渇などを描き、その対応と資源管理を追及する。

  • 『東京湾の環境問題史』

    『東京湾の環境問題史』

  • 『紛争の海−水産資源管理の人類学』

    『紛争の海−水産資源管理の人類学』

  • 『東京湾の環境問題史』
  • 『紛争の海−水産資源管理の人類学』


その里海を創る具体的な書、瀬戸内海研究会議編『瀬戸内海を里海に』(恒星社厚生閣2007)によると、自然再生推進法に基づいて、山口県は椹野(ふしの)川河口域、干潟自然再生の実施を述べている。再生事業として中潟での重機を用いた干潟改良、南潟での人手による干潟耕耘・アマモ場造成などの実証試験が行なわれた。その結果、初期には底生微細藻類が爆発的に増加し、その後細胞数は収束し、2カ月後にはイトゴカイ科などの環形動物、4カ月以降は、カニ、エビなどの節足動物が増え、1年後にはヨコエビ類など節足動物の比率が増えたという。中村充・石川公敏編『干潟造成法』(恒星社厚生閣2007)には、東京湾、三河湾、英虞(あご)(三重県)における干潟造成の事例を挙げている。

以上、森林と川と海との水循環における生態系は一体であるという書をいくつか挙げてみたが、その連携を図る京都大学フィルード科学教育研究センター編、山下洋監修『森里海連環学−森から海までの統合的管理を目指して』(京都大学学術出版会2007)、三俣学・森元早苗・室田武編『コモンズ研究のフロンティア−山野海川の共的世界』(東京大学出版会2008)は、我々に環境に関し、多くの示唆を与えてくれる。それは、森林、川、海をコモンズの考え方を持って、賢明な利用、管理を行なうことだと結論づける。結局、里海とは食べる魚・漁業資源・漁撈を包摂した持続的な生態空間なのだ。

  • 『瀬戸内海を里海に』

    『瀬戸内海を里海に』

  • 『コモンズ研究のフロンティア−山野海川の共的世界』

    『コモンズ研究のフロンティア−山野海川の共的世界』

  • 『瀬戸内海を里海に』
  • 『コモンズ研究のフロンティア−山野海川の共的世界』


アル・ゴアアメリカ元副大統領はシネマ「不都合な真実」で、地球温暖化に対し人類に警告を発した。現代は地球そのものを環境倫理に基づき、コモンズとして賢明な利用、管理を行なう時代だ。

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