機関誌『水の文化』36号
愛知用水50年

王滝の食文化を発信

非常食として蓄えたドングリを食べる知恵や、地域固有の王滝かぶを使った漬物など、お母さんたちは積極的。結婚してから王滝村に来た人、ここで生まれ育った人、といろいろですが、活動は仲間づくりという点で共通していました。

編集部

写真:瀬戸美恵子さん

瀬戸美恵子さん

田中初子さんと二人で、〈郷土料理 ひだみ〉を切り盛りする。

写真:脇坂智重子さん

脇坂智重子さん

ドングリ染めの布で、小物を制作している。

写真:五味沢ミチ子さん

五味沢ミチ子さん

〈すんきの里〉代表。

ドングリを食べる知恵

「子供のころ、お腹を壊すと、ドングリの粉にお砂糖を入れお湯で溶いて飲ませてもらいました」

と言うのは、〈郷土料理 ひだみ〉の瀬戸美恵子さん。王滝村には、飢餓に備えてドングリを非常食として蓄えてきた伝統がある。

虫殺しのためにドングリを茹で、乾燥させる。囲炉裏の燻(いぶ)しがあったころは、これで100年でも保存できたそうだ。

「今はすぐに虫がくるから、粉にして冷凍保存しています。一晩水に浸けて戻したドングリを重曹を入れた湯で半日煮て、4日間ひたすら水を換えて灰汁(あく)抜きします。これを潰して粉にします」

「王滝に長く受け継がれてきた食文化をここで途絶えさせてしまったら、加工する技術も失われてしまいます。単に食べることではなく、山のリスやネズミから少しだけ分けてもらって、ドングリ食の文化をつないでいきたいのです」

店内には、脇坂智重子さんがつくるドングリ染めの布でつくった小物も販売されている。灰汁抜きをするときに出る液で染色し、媒染剤にミョウバンや鉄などを使い分けると暖かいアースカラーに染め上がる。

「灰汁抜き作業中に服についた色が取れなくて、どうしよう、と思ったのが最初。でも、これだけだと色が地味だから、ほかの草木染めの布と組み合わせて、互いが引き立つようにしています」

1988年(昭和63)に〈郷土料理 ひだみ〉ができた翌年から始めたから、もう22年になるという。

ドングリを実らせるコナラ、オオナラ(ミズナラの別称)といった落葉広葉樹は、森の保水力を高め、美しい水を育む涵養の働きもする。瀬戸さんたちはそこにも着目して〈未来世代につなぐ緑のバトン〉という取り組みも行なっている。ドングリの実を拾って苗に育て、再び森へ帰すというイベントで、年に2回開催している。

「子供たちや村民に拾ってもらったドングリは、1kg200円で買い取っています。こうすることで関心を持ってもらえたらうれしいですね」

実は東海市にある新日本製鐵名古屋製鐵所には、1972年(昭和47)から植樹を始めた広大なドングリの森がある。ここのドングリでつくった〈郷土料理 ひだみ〉のパンやパイを新日鐵の人たちにも食べてもらえたら。愛知用水で流域の絆が深まるような気がする。


  • ドングリでつくった〈郷土料理 ひだみ〉のパンやパイ

    ドングリでつくった〈郷土料理 ひだみ〉のパンやパイ

  • 〈郷土料理 ひだみ〉は、木の香がする素敵な建物にある。

    〈郷土料理 ひだみ〉は、木の香がする素敵な建物にある。

  • 巾着と王滝村のキャラクター〈クリッピー〉。

    巾着と王滝村のキャラクター〈クリッピー〉。

  • ドングリでつくった〈郷土料理 ひだみ〉のパンやパイ
  • 〈郷土料理 ひだみ〉は、木の香がする素敵な建物にある。
  • 巾着と王滝村のキャラクター〈クリッピー〉。

オンリー1の〈すんき漬〉

お母さんたちが直売所で赤かぶを売り始めたとき、「菜っ葉はどうしたの?」と聞く人があり、「そうだ、王滝には〈すんき漬〉があったっけ」ということから、1999年(平成11)〈すんき漬〉が始まった。農作業が一段落した冬場の仕事としてやろうということになったのだ。

赤かぶは、山地で焼畑を行なった後に輪作される典型的な焼畑作物。そのため、古くから地域に根差す固有種が多く、木曽でも上松に2種、王滝、開田、三岳の黒瀬かぶ、木祖村の細島かぶと、6種の違った赤かぶがつくり続けられてきた。王滝かぶの来歴は古く、約300年前、江戸元禄のころに尾張藩に年貢として納められた記録が残っている。

〈すんき漬〉は長野県でも木曽地方だけに見られる漬物で、塩を一切使わずに乳酸発酵させてつくる。繊維質が豊富で塩分を含まないので、近年、健康食品としても注目されているという。味噌汁や蕎麦の汁などに入れ、調味料としても使われる。

「茹でた葉茎を、人の手で樽に漬け込んでいきます。梅干しで使う赤紫蘇を揉んだときに、赤くならない体質の人が触ると乳酸発酵しないで失敗しちゃう」

というのは〈すんきの里〉代表の五味沢ミチ子さん。誰にでもつくれるというわけでないところに、この漬物の面白さがある。

「秋に収穫された王滝かぶを使ってつくり、売り切れたらおしまいだったのですが、人気が出たので夏もできるかぶ(甘かぶら)を信州大学農学部の先生が開発してくださって、年に2回頑張って漬けています」

王滝かぶは、2007年(平成19)に長野県から〈信州の伝統野菜〉認定を受け、また同年、インターナショナルスローフード協会から〈味の箱船〉(注1)にも認定された。

〈すんきの里〉は5人でやっているが、食生活改善推進協議会、通称〈食改〉には32人の女性が参加するという。人口900人ちょっとの村で32人集まるというのは、なかなかのものである。

(注1)味の箱船
1997年から以下の五つの選択基準によって認定されている。1 土地の習慣や伝統を基準にしたおいしさがある。2 素材や加工法が伝統的なものであり、地域に根差している。3 地域と環境的、社会経済的、歴史的なつながりがある。4 小さなつくり手による限られた生産量。 5 消滅の危機に瀕している。

〈すんき漬〉

〈すんき漬〉



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