機関誌『水の文化』49号
変わりゆく養殖

魅力づくりの教え
歩くほどに物語が生まれる場
――醤油と醤油カツ丼ととんちゃん
福井県大野市

犬山から撮影した天空の城「越前大野城」。

犬山から撮影した天空の城「越前大野城」。地元のカメラマン・佐々木修さんが撮影した写真が発端となり、
遠方からカメラマンが押し寄せている。大野市もPRに力を注ぐ

郊外および地方を軸に人口減少期の地域経営・サービス産業政策を研究し、自治体や観光協会などに提案している多摩大学准教授の中庭光彦さん。この新連載は、ミツカン水の文化センターのアドバイザーも務める中庭さんが「おもしろそうだ」と思う土地を巡るもの。将来を見据えて、主に若手による「活きのいい活動」と「地域の魅力づくりの今」を切り取りながら、地域ブランディングの構造を解き明かしていきます。その土地ならではの魅力を支える有形無形のつながり、思いがけない文化資産にご注目ください。

中庭 光彦さん

多摩大学経営情報学部経営情報学科准教授
多摩大学総合研究所副所長
中庭 光彦さん なかにわ みつひこ

1962年東京都生まれ。中央大学大学院総合政策研究科博士課程退学。専門は地域政策分析・マネジメント。郊外や地方の開発政策史研究を続け、人口減少期における地域経営・サービス産業政策の提案を行なっている。並行して1998年よりミツカン水の文化センターの活動にかかわり、2014年よりアドバイザー。主な著書に『オーラルヒストリー・多摩ニュータウン』(中央大学出版部 2010)、『NPOの底力』(水曜社 2004)ほか。

「元気な地域」ではなく「魅力ある地域」の発見

 まちづくり・地域づくりを見続けて25年ほどになる。この『水の文化』でも多くの土地を訪ねた。

 一般に、地域づくりに大事なのは「人」、人々が利用し守ろうとしている「資源」、人が従っている「文化」。つまり人、資源、文化の3つ、中でも「人」を見れば、地域が元気になる秘密がわかるといわれてきた。

 ところが、今は人口減少時代。すべての地域経済が成長するわけではないことは当然だ。むしろ1人ひとりにとっての「生活の質」が重要と発想を切り換えると、これまでの地域づくりに欠けていた点が気になるようになってきた。

「地域の魅力はどのように生みだすのか?」という大問題だ。

 そこで、この連載では、若手による魅力づくりケースを紹介しようと思う。若手とは文字通りの若手と、いま最前線の責任者として立ち向かっている昔の若手となる。

 入口は水文化に関係なさそうに見えるおもしろいエピソード。そこからまちを巡って、出口ではどんなおもしろいストーリーが生まれているか。もしかしたら、その途中で水が意外な役割を発揮しているかもしれない。

醤油カツ丼を探したらとんちゃんに出会った

 この思いから最初に取り上げたのが福井県大野市である。人口約3万5000人で、前年より4・1%減少している典型的な地方都市だが、水文化に関心がある人は誰もが知っているほど地下水が豊富なまちだ。

 でも私の目を惹いたのは水よりも「醤油カツ丼」。福井はソースカツ丼が有名なのだが、大野市ではソースならぬ醤油カツ丼だという。これに惹かれ、早速大野市へ旅立った。小松空港から車で1時間強。羽田を朝8時に飛び立つと11時前には着いてしまった。

 まずはまちの中心部にある名水百選の1つ「御清水(おしょうず)」をサラッと見て、毎日朝市を開いているという「七間(ひちけん)通り」を歩いてみた。人通りは少ないがシャッターは閉まっていない、品のある通りだ。

 途中にある観光案内所に入ると、いわばここを取り仕切っている女将(おかみ)さんと若女将がいた。さっそく「あの、醤油カツ丼が有名と聞いたんですけど……」と尋ねると、「ああ、野菜が載っているんですけど、大根の所があればネギの所もあって」といろんな店を教えてくれた。「醤油カツ丼って珍しいですよね?」とたたみかけて訊くと「野村醤油店の野村君と飲食店の下村君の友だち同士で考え出したらしいですよ」と言う。この「野村君」が後で登場する若き主人公。すぐに醤油カツ丼を食べに行こうとすると、若女将が「でも、ワタシ的にはとんちゃんなんですけどね」。

 とんちゃん? 何ですかそれは?
 聞くとホルモン焼きのこと。味噌で煮込むこともあるらしい。子どもの頃から食べていたとのこと。大野の人のソウルフードだという。店も多数あるが「焼き肉」となっている。「こちらでは焼き肉というと、とんちゃんです。大野では子どもの頃からみんな食べている家庭の味です」と言う。

 とんちゃんの話で盛り上がり「どうもおもしろい取材になりそうだ」と思いつつ、「お食事処しもむら」へ。ここで醤油カツ丼と対面。薄切り肉がサクッと揚がっている上に醤油をかける。至福の時。添えられた越前名物おろしそばも美味。

 B級グルメとはいえ、現にわれわれ大の大人3人が東京から食べに来ている。立派なブランドである。でもこのおいしい醤油をつくっている「野村醤油店」の店主とはどんな人なのか?

  • 市内中心部にある「御清水(おしょうず)」。

    市内中心部にある「御清水(おしょうず)」。大野市はいたるところから水が湧き出る「水のまち」として知られている

  • 朝市が開かれる七間(しちけん)通り。平日にもかかわらず、ボランティアガイドに案内される人たちが目に付いた。

    朝市が開かれる七間(しちけん)通り。平日にもかかわらず、ボランティアガイドに案内される人たちが目に付いた。

  • お食事処しもむらの「醤油カツ丼」。


    お食事処しもむらの「醤油カツ丼」。専用の醤油も添えられていて美味。水がよいからそばもおいしくて、ボリューム満点

  • 市内中心部にある「御清水(おしょうず)」。
  • 朝市が開かれる七間(しちけん)通り。平日にもかかわらず、ボランティアガイドに案内される人たちが目に付いた。
  • お食事処しもむらの「醤油カツ丼」。

がんばる今の若手を「昔の若手」が応援

 そんなことを考えつつも、ここからが地域ブランディング取材の本番。大野市役所で出迎えていただいたのは産経建設部商工観光振興課の横井一博さん(52)。

 大野市は2013年(平成25)2月に「越前おおの地域ブランド戦略」を策定しており、まさに魅力づくりに取り組んでいる。同席いただいたのも32歳から52歳にいたる6名。横井さんは、休みの日には人力車も引いている20年前の若手行動派だ。

 大野市の観光入り込み客はこの3年ほど、おおよそ年間154万人の横ばいである。「結(ゆい)の故郷(くに)越前おおの」とブランドキャッチコピーもつくりブランド化を進めている。集客圏は主に中京、関西だったが、北陸新幹線が2015年3月に金沢まで延びると首都圏からの誘客も課題になる。

 大野市に来て気がついたのは、いろんな非公式?グループがあるらしいことだ。『Ono Jikan』という地域マガジンを「平成大野屋番頭会」がつくっている。とんちゃんを食べられる店を紹介したパンフレットには「とんちゃんを愛でる会」、市内の菓子職人が集まり、大野名産の丁稚(でっち)羊かん(寒天を使った冬限定の水羊かん)を使った「ショコラdeようかん」を開発した「ショコラdeようかん運営協議会」、さらには「世界醤油カツ丼機構」。

 横井さんが言うには、「大野には不思議なネットワークがあり、一人が2つも3つものグループに入っている。だから1つのグループで何かをやりたい時に、つながっていく。とんちゃんを愛でる会と醤油カツ丼機構はけっこうメンバーがかぶっていたりする。その人がキーマン」という。

「とんちゃんを愛でる会」は若手で始めたという。「2010年の越前大野城築城430年記念イベントを考えろ、何をやってもいいから、と言われたんです。B―1グランプリの2回目が終わったぐらいだったので、食でいこうかと思ったわけです。昔から食べていて、大野では当たり前すぎの焼き肉。味噌味で。最初20人ぐらいで議論して、最後にいたのは8人。それをイベントにしました」と雨山直人さん(32)。「とんちゃん祭」は以後毎年続いている。

 横井さんも「それを聞いたときは『やれ!やれ!』と後押ししましたね。若い人が勝手にやると応援する文化が大野にはあるので。僕らも昔そういう時期があったんです。大野で自主映画をつくったり、私なんか20年になるが人力車引っ張っている。その当時、盛り上がったわけです」

 みんながおもしろがっているし、メンバーがいくつものグループに入っている。これはなかなか大事なことで、グループの活動一つひとつがトンガッている。グループみんなが「どうだ大野は。いいところだろう」と誇っているかのように見える所を、私は大いに気に入った。

「そうそう。いま大野市は『天空の城』で売っています。明日は見られるかもしれません。足を運んでみてください」と言うことを横井さんは忘れなかった。「もちろんです!」。この言葉で、翌朝は4時半起床となった(すばらしい眺めでした。30分ほど険しい山道を登りましたが)。

  • 取材に応じてくれた大野市役所の若手たち。


    取材に応じてくれた大野市役所の若手たち。左から横井一博さん(商工観光振興課)、澤田陽彦さん(同)、久保康博さん(同)、仲村渠(なかんだかり)翼さん(同)、道鎭(どうちん)郁生さん(企画財政課)、雨山直人さん(同)。部署も年齢層も異なり、縦割りを感じさせないところがよい!「大野の人、歴史、自然、文化のすべてをブランドにしたい」と話す

  • 平成大野屋番頭会が企画・編集する地域マガジン『Ono Jikan』

    平成大野屋番頭会が企画・編集する地域マガジン『Ono Jikan』

  • 稚羊かんを用いた「ショコラdeようかん」のPRチラシ。

    稚羊かんを用いた「ショコラdeようかん」のPRチラシ。ご当地スイーツとして売り出し中

  • 「とんちゃんを愛でる会」が制作した「越前おおの とんちゃんMAP」。

    とんちゃんを愛でる会」が制作した「越前おおの とんちゃんMAP」。市内でとんちゃん(ホルモン)が食べられるお店を紹介している。どれも生活を楽しもうというセンスが感じられる

  • 取材に応じてくれた大野市役所の若手たち。
  • 平成大野屋番頭会が企画・編集する地域マガジン『Ono Jikan』
  • 稚羊かんを用いた「ショコラdeようかん」のPRチラシ。
  • 「とんちゃんを愛でる会」が制作した「越前おおの とんちゃんMAP」。

たんなる場所貸しではない、本物のアンテナショップ

 現在の大野市中心部は大野城の城下町だ。城を造り、町割りを行なったのは戦国時代の武将・金森長近(かなもりながちか)。後に飛騨高山もつくる城下町造りの名手であった。掘れば湧き水が出るし、用排水路を張り巡らした湧水のまちとなった。下水は家の裏側の背中合わせのところを割って通しているので背割り下水と呼ばれるが、今も顕在で融雪には力を発揮している。

 長近は寺町も造り、そこには今も32の寺院が残っている。さらに職人を集め、番匠(大工)、桶屋・塗師(木工業者)、鍛冶師・鋳物師(金属加工業者)を保護した。当時の都市プランナーとして腕を振るった長近は1586年(天正14)に飛騨高山に移り、大野と同様の町割りを行なっていく。

 何人かの領主交替の後、1682年(天和2)に徳川譜代大名の土井利房がやってくる。注目されるのが幕末の七代藩主、土井利忠だ。藩政改革を1842年(天保13)より始め、洋学に関心が高く、1854年(安政元)には領内に種痘を命じるなど、知識を政策に活かす慧眼を感じさせる。洋式軍制を取り入れ、蝦夷地開拓に乗り出すが、主要事業が直轄店「大野屋」の経営である。

 当時各藩は自藩の農産物を専売する国産会所をもっていたが、大野藩ではこれを拡大し、大野藩が経営する大商社を設立したのだ。大坂大野屋、箱館大野屋を安政年間につくり、領内のみならず東京、岐阜、名古屋あわせて40店舗になったという。

 この歴史を活かそうと、平成の大野産品を紹介するまちづくり会社として1999年(平成11)に設立されたのが株式会社平成大野屋なのだ。

 いま総支配人を務めているのが中山継男さん(62)だ。

「最初のころは客が少なく、地元の高齢者の方の利用が多かったですが、最近では天空の城を見るために、多くのお客さまに来ていただけるようになりました」と言う。

 この平成大野屋は、大野の産品のブランド力を守り、消費拡大のためのアンテナショップという使命をもつ。そのため、商品を店に置いてくれないかと要望する生産者や商店のなかから、たしかな品を選ぶ「目利き」が必要だ。中山さんは自ら目利きを行なう。数ある大野特産品のなかから、お客さまに喜んでもらえる商品を選び、商品の付加価値を高め、生産者や商店と消費者を結ぶ役割を担っているからだ。つまり平成大野屋は大野ブランドの育て役であり、たんなる場所貸しではない。

「付加価値のある商品には、お客さまの方から足を運んでくださる。そのきっかけづくりが目的のアンテナショップだからね。周りにはお菓子屋もたくさんあるし、この横にある駐車場からそこまで歩く。中心市街地活性化の面から言えば、この店は入口のアンテナショップです。キーマンとのつながりをつけたり、宣伝をしたり、個店ごとではできないPRを行なったりするのがこの店の役割です」という。


  • まちなか観光拠点「平蔵」「二階蔵」「洋館」を統括する平成大野屋の総支配人、中山継男さん。

    まちなか観光拠点「平蔵」「二階蔵」「洋館」を統括する平成大野屋の総支配人、中山継男さん。

  • 建物外観は、株式会社平成大野屋が運営する3施設の1つ「洋館」

    株式会社平成大野屋が運営する3施設の1つ「洋館」

  • まちなか観光拠点「平蔵」「二階蔵」「洋館」を統括する平成大野屋の総支配人、中山継男さん。
  • 建物外観は、株式会社平成大野屋が運営する3施設の1つ「洋館」

七間朝市の里芋はほんものの地産地消

 1日目の夜は天保元年創業の俵屋旅館に投宿。夜は焼肉屋の「焼き肉おおみ」でとんちゃんを食べ、女将さんと世間話。

 2日目は「天空の城」の大眺望を拝んだ後、七間朝市へ。店を出していたいろいろなおばちゃんと話し、特産だという里芋を購入。聞くと「少し固いけど煮崩れしないですよ」。東京に持って帰り翌日煮物にすると、これまたうまい。こんなことを言うとおばちゃんに失礼になるが、日ごろ食べている里芋とは比べものにならない。芋だけでご飯がすすむ。

 同じく七間通りの「伊藤順和堂」で「いもきんつば」も買って帰ったが、これも素材の甘みだけでうまさを出す本物だった。
「こういうのを地産地消と言うのよ」と家内に言われたが、まさしくその通り。抽象的に地産地消と言うより、実際に味わった方がよほど迫力がある。


  • 特産品「里芋」を生産・販売する多田三枝子さん。


    特産品「里芋」を生産・販売する多田三枝子さん。大野市朝市出荷組合に所属

  • 400年以上の歴史を誇る七間(しちけん)通りの朝市。


    400年以上の歴史を誇る七間(しちけん)通りの朝市。地面に農産物や加工品を並べて、生産者とおしゃべりしながら楽しく買い物ができる。

  • ようやく出会えた噂の「とんちゃん」。

    ようやく出会えた噂の「とんちゃん」。脂身が多く、とてもジューシーでビールにぴったり(有限会社大美商店「焼き肉おおみ」で撮影)

  • 七間通りにある和菓子屋・伊藤順和堂の「いもきんつば」。期間限定の人気商品だ

    七間通りにある和菓子屋・伊藤順和堂の「いもきんつば」。期間限定の人気商品だ

  • 特産品「里芋」を生産・販売する多田三枝子さん。
  • 400年以上の歴史を誇る七間(しちけん)通りの朝市。
  • ようやく出会えた噂の「とんちゃん」。
  • 七間通りにある和菓子屋・伊藤順和堂の「いもきんつば」。期間限定の人気商品だ

誰もがおもしろい!醤油カツ丼の活動論

 さて旅も最後。醤油カツ丼を生み出した野村醤油株式会社の六代目・野村明志(あけし)さん(41)とお会いした。

 醤油カツ丼をつくったきっかけは「大野にやってきた人には、それまでソースカツ丼とおろしそばをごちそうしていました。でも、大野は醸造業が盛んなのでソースを醤油に代えてみました。鯖江の野菜ソムリエに相談したら、『野菜をたくさん食べられるようにしたいね』と言うので、今の形になるうちに『おもしろいかな』と思ってきた」とのこと。ここにも不思議なネットワークがある。

「醤油カツ丼は大人の遊びです。埼玉の中小企業診断士のようなプロも、おもしろい!と言って(活動に)入っている」。活動のおもしろさを生み出すにも秘訣があるようで「例えば、活動を知らせるパンフレットをプロにつくってもらえば、当然支払いが発生します。そこで、プロからアドバイスだけをもらって、素人が学んでつくる。だからパンフは全部手づくりです。でもプロは、そのやり方がおもしろいと参加してくれるので、私にも学びがある」。誰かがおもしろく、誰かが負担するというのでは長続きしない。誰もがおもしろいと感じる関係をつくっている。

 この「おもしろがり精神」が、いろんな若手を結びつけ、「世界醤油カツ丼機構」なる団体までできている。まさに、ジャパンブランド化への遊びだ。


  • 味と製法にこだわる野村醤油の製品群。真ん中にあるのが「醤油カツ専用」の醤油


    味と製法にこだわる野村醤油の製品群。真ん中にあるのが「醤油カツ専用」の醤油

  • 醤油カツ丼を発案し、とんちゃん祭にも携わる野村醤油株式会社代表取締役の野村明志さん。


    醤油カツ丼を発案し、とんちゃん祭にも携わる野村醤油株式会社代表取締役の野村明志さん。大野市のまちづくりを担う若手のキーマンだ

  • 世界醤油カツ丼機構のメンバーたち。


    世界醤油カツ丼機構のメンバーたち。野村さんは事務総長を務める
    (提供:世界醤油カツ丼機構)

  • 味と製法にこだわる野村醤油の製品群。真ん中にあるのが「醤油カツ専用」の醤油
  • 醤油カツ丼を発案し、とんちゃん祭にも携わる野村醤油株式会社代表取締役の野村明志さん。
  • 世界醤油カツ丼機構のメンバーたち。

ゼロからつくる醤油をぜひ見てもらいたい

 子ども時代から醤油店を継ぐことを夢見た野村さんは大野の若手キーマンの一人なのだろう。商工会議所の議員、商店街のカスガ良縁団団長、世界醤油カツ丼機構事務総長、とんちゃん祭といくつもの団体にかかわっている。

 ただし、いずれ醤油店も七代目となるご子息にバトンタッチしなくてはならない。そのためには醤油業界の中で勝ち残っていかなくてはならない。野村さんは醤油製造について語ってくれた。

「醤油屋の原料は大豆、小麦、食塩です。そこから麹をつくって発酵・熟成させてつくります」

 野村さんは今そういう現場をオープンにしていこうと思っている。

「『野村醤油の蔵は、皆さんに守られている蔵なんです』と示したい。絞りたての醤油もその場で出せますし、ここでしかできない醤油を出しながら蔵を維持していく方向です。1年かけてゼロからつくったものは香りが違うし思いも違う。そのために水は大事ですね。うちの水は地下水ですよ」

 野村醤油はゼロからつくっている強みをアピールしたいという。極めて合理的なオンリーワン戦略を聞くことができた。

 大野市内には、ほかにもゼロから醤油をつくっているメーカーがある。七間通りに店を構えている山元醤油味噌醸造元だ。実は朝市のときにうかがっていた。今は四代目の若主人、山元新さん(32)が継いでいる。話しているうちに、奥の「絞り機」を見せていただいた。袋に詰められたもろみを何層にも重ね、上から圧力をかけると、チョロチョロと絞られた醤油が出てくる。ここが野村醤油と同じこだわりをもつメーカーとは驚きだった。

  • 七間通りに店舗兼製造所を構える山元醤油味噌醸造元

    七間通りに店舗兼製造所を構える山元醤油味噌醸造元

  • 今も木桶を使い続けている山元醤油味噌醸造元で見せてもらった醤油の絞り工程

    今も木桶を使い続けている山元醤油味噌醸造元で見せてもらった醤油の絞り工程

  • 七間通りに店舗兼製造所を構える山元醤油味噌醸造元
  • 今も木桶を使い続けている山元醤油味噌醸造元で見せてもらった醤油の絞り工程

魅力づくりは〈共創〉だ

 2日間の取材行程をあえて時系列にしたがって記してみた。この順番だったから、私はとんちゃんのすばらしさに触れることができ、天空の城も見ることができ、何よりも大野の多くの方と話をすることができた。おかげで、醤油カツ丼の背景にある醤油製造販売工程の変化、そして大野ならではの水の恵みに至ることができ、「魅力づくりの連鎖」がよくわかった。

 思い出すと上質のロードムービーのようだ。これが大事で、移動と出会いを繰り返すうちにシナリオストーリーをつくれるかが魅力づくりのポイントということだ。

 ということは、魅力を感じるかどうかは土地の仕掛けと、旅人の能力の両方によるということでもある。
 大野市も私も変わっているだろう次に訪れるときには、どのような魅力を共創できるだろうか。

社会が変わるとき、つまらないまとめには意味がない

 さて、ここまで読んでこれまでの『水の文化』の読者のなかには「大野市の水文化とは?」と問う人がいるかもしれない。「質の良い地下水が大野の醸造文化を育んだ」とでも書けば口当たりはよいのかもしれないが、とたんにつまらなくなる。今変わろうとしている地域に、教科書のようなイメージをかぶせるのは失礼というものだ。

 今回記したのは大野のさまざまな人々がいろいろな地域資源を利用して、結果として魅力を生んでいるという、私が現場でわかった地域ブランドの「構造」だ。水は大事だけどいくつかの地域資源の「一要素」に過ぎない。それで十分だ。

 人が何に魅力を感じるのかを辿ると、水文化以外のさまざまな文化がわかる。そして、いろんな若手がおもしろがって地域を変えようとしていることも。

 水文化を知るためには、人口減少のなかで変わろうとしている他の文化もたくさん知るべきだ。そのためには、醤油カツ丼のような、将来をつくるオモシロイ人に出会いたい。
 ということで、水から入らない水文化論。どこまで続けられるだろうか?

大野市の魅力を生むブランドシステム


大野市の魅力を生むブランドシステム
「人」「地域資源」「文化」「象徴」、4つの要素が多様で関係が厚く明確なほど魅力をつくりやすい。

〈魅力づくりの教え〉

トガッたB級グルメ「醤油カツ丼」をおもしろがる仲間と、醤油をゼロからつくる「志」が出会う場所。そこに魅力は生まれる。

(2014年11月7〜8日取材)

参考文献
・大野市『大野市史第14巻』2013
・河原哲郎『歴史と史跡 大野』福井県大野市、1988

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