私たちの身のまわりにはさまざまな「色」がある。色は人間にどのような影響を及ぼすのだろうか。心理学における「色の嗜好の研究」は伝統的な分野で、「日本人の色の好み」については古くから研究されていた。しかし、日本を他の国と比較したのは早稲田大学教授の齋藤美穂さんが初。その結果、日本人の色彩嗜好は世界的に見ても大変特徴的であることがわかったという。齋藤さんに、「藍をはじめとする色と日本人の嗜好」について伺った。
早稲田大学教授・博士(人間科学)
齋藤 美穂(さいとう みほ)さん
色彩嗜好および色白肌嗜好の国際比較研究で知られる。
私たちの身のまわりには、さまざまな色があふれています。今日でこそ化学染料によって多様な色をつくり出すことができますが、かつてはそれぞれの文化圏で、何を染色の原料とするかによって、生み出される色は異なっていました。
例えばクレオパトラは、旗艦の帆を紫に染め上げていたという逸話があります。これは貝紫(かいむらさき)という赤みよりの紫です。小さな巻貝のわずかな分泌液をたくさん集めて丁寧に糸に染み込ませ、それを太陽光に当てると化学反応を起こし、美しい紫色になるのです。糸を染め上げるには大変な労力が必要なため、この貴重な色を使うことができるのはごく限られた「時の権力者」でした。つまりクレオパトラは、自身の力の象徴として紫色を利用したのです。
西洋では、貝紫のように動物性の原料から色をつくることも多いのに対し、日本では古来、植物からとった色を重用してきました。藍色、紅色、紫色は日本の染色の三大色といわれますが、藍は蓼藍(たであい)から、紅は紅花(べにばな)から、そして紫は紫根(しこん)からつくり出されています。日本は豊かな自然に恵まれた国です。だから植物に由来する色が多く、それが色名にもなっているのです。
このように色の名前には、その国の環境や文化が表れています。例えば中国では、紫水晶、銅緑色など、鉱物資源からつけられた色名が多い。あるいはイヌイットの人たちは、白を表す言葉をたくさんもっています。白一面の雪原のなかで生きていくために、微妙な白の違いを識別し、それを表現する色名が必要だからです。また、おもしろいことにフランスでは、シャンパン色や焦げたパンの色(パン・ブリュレ)など、食べものと関連した色名が他国より多いという特徴があります。食文化を大切にするフランスの風土が、色の名前から読み取れるのです。
では、人はどのように色を認識するのでしょうか?
薄暗い光のなかで白い紙を見ても、私たちはそれを白だと認識できます。実際にはグレーなのですが、心理的に白だと感じさせるメカニズムが働いている。これを「色の恒常性」といいます。まわりのものと比較していちばん反射率が高いから白であると、脳が高次な判断をしているのです。
また、色を見たときにはきれいとか汚い、好き、嫌いといった感情をもったり、自分の知っている具体的なものや情景などを連想したりもします。これも脳の働きです。見た色を最終的に判断するまでには、その人の記憶、経験、学習したことなどすべてが関係してくるわけです。
それでは、私たちの色の好みを決める要素はなんでしょうか。そのカギを探る一つの方法として、私は色彩嗜好の国際比較研究を行なってきました。
実は、このテーマに着目するきっかけとなったのは、私の学生時代の体験でした。父の仕事の関係でシドニー大学に留学した際、日本から持っていった洋服の色が、ことごとくまわりから浮いてしまったのです。あちらの方たちは皆、鮮やかではっきりした色の服を着ていて、日本人が好むような中間色はまったく見かけませんでした。もちろん太陽の光が違うので、色の見え方自体も違っているはずですが、それにしても国によって、こんなにも色の好みの感覚が違うものなのかと、衝撃を受けました。そこから、色の嗜好を各国で比較してみたいと考えたのです。
色や音、匂いなど、五感すべてに関して人は好みをもっています。その好みの要因は、3層構造で考えることができます(図1)。中心には人間がもつ普遍的な嗜好があり、その外側に性別、年齢、性格などによって異なる個人的嗜好、さらに外側に歴史や気候風土、流行などの環境要因による社会的な嗜好があります。層の内側ほどその嗜好は変動が少なく、外側へ行くほど変動しやすくなります。
実際に色の嗜好を各国で比較すると、地域や時代を超えて共通する色の好みが存在する一方、それぞれの文化がもつ固有の好みがあることがわかりました(図2)。
もし世界中どこへ行っても好まれる色を一つ選ぶとすれば、それは間違いなく青でしょう。色彩嗜好の調査では、どこの国でも嗜好色の上位に必ず青が入っています。また、国によってタブーとされる色はさまざまですが、唯一、青だけはタブー色になりにくいという研究もあります。
青から連想されるのは、水の色、海や空の色です。そういった生命の営みにとって大切で不可欠なものの色を、人間は人種や文化、環境要因を超えて普遍的に快く感じるのではないでしょうか。
一方の嫌悪色については、多くの国が共通してくすんだ茶色を挙げています。ところが、そのなかでデンマークなどは特異です。図2を見てください。茶色ではなく、ペールトーンの淡い色が嫌悪色の上位を占めています。これらの色は日本人、特に女性からは比較的好まれる色ですが、デンマークの人にとっては不健康、病的といったイメージがあるようです。
日本人の色の好みで私が着目しているのが、白の嗜好です。私の初期の研究で、欧米、アフリカ、オセアニア地域6カ国と日本を対象にアンケート調査を行ないました。その結果、他の国では白は10位内にも入らないのに、日本では高い選択率で白が嗜好色の1位だったのです。これは白だけに見られる特徴でした。その後、アジアを含めてより広範囲に行なった調査では、日本をはじめアジアの国々だけ、嗜好色の上位に白が入っていました。
なぜ日本人は白が好きなのか。日本には、昔からある種の太陽信仰がありました。神話のなかでは、太陽の神である天照大御神が日本をつくったとされていますが、その天の光を表す色こそ白で、それが白を神聖視する土壌になったと思われます。神社の素木造りは、素木と書いて「しらき」と読みます。神道の神官の装束も、祭祀に使う御幣も白です。白は、嘘いつわりなくありのままに神様に向き合うための、神聖な色となっていったのです。今では信仰的な意味合いは少なくなりましたが、日本人が白を好む背景には、そうした歴史が影響していると思います。
藍色も、日本の文化に根づいた親しみ深い色です。藍色の場合、士農工商といった身分を問わずよく使われていたという特徴があります。当時、天然の藍には虫よけ効果があるといわれていたことも、自然のなかで生きていくために誰もが藍色を身につけた理由の一つでしょう。
藍、紅、紫の三大色のなかでも、特に藍色は色名が細分化されています。それは、藍色を日常着や正装、あるいは武具に使うなど、いろいろな場面でさまざまに利用していたからであり、細かい色の区別をする必要があって色名が増えていったのです。
こうした同系色の微妙な違いを上手に使いこなすのは、日本人独特の感性です。それがよくわかるエピソードがあります。
江戸時代後期、豊かになった町人は色とりどりの着物を楽しんでいましたが、幕府が町人に奢侈(しゃし)禁止令を出し、茶色、鼠(ねずみ)色、藍色以外の色を身につけることを禁じました。すると町人たちは、もともと多様だった藍色に加え、茶色、鼠色に非常に多くのバリエーションをつくり出したのです。これを四十八茶百鼠(しじゅうはっちゃひゃくねずみ)といいます。一見華やかではない茶色や鼠色、その微妙な色味のなかに、江戸の人々は粋を見出し、新たなファッションを生み出していったのです。
オランダのデルフト陶器など、日本の藍染め陶器から影響を受けたものがヨーロッパにはいくつもあります。日本文化が西洋に渡っていったとき、日本らしさを象徴するものの一つに藍があったことは間違いありません。しかし残念ながら今日、ジャパン・ブルーとしての藍色は、世界的にみると認知度は低いように感じます。
心理学の用語に「単純接触効果」というものがあります。人は何度も目にするもの、接触の頻度が多いものに対して、好みを感じるようになるのです。藍に置き換えて言うならば、藍色をどんどん使い、日本人にも他の国の人にもどんどん接触してもらう頻度を高くすること。これが藍という色を文化として保存していくことにもなるし、心理的にも好みに密着した形で藍色が存続するのではないでしょうか。
私は、藍色を引き立てる色は、絶対に白だと思うのです。普通は藍色の反対色となる黄色のはずですが、藍色の場合、白と合わせる方が、互いの色が際立って見えます。日本人がとても好きな白は、日本に昔から根づいているジャパン・ブルーをいちばん引き立てる色なのです。
そう考えると、白と藍、この二つの色の組み合わせこそ、日本文化を表すのに最適な色なのではないかと思います。
(2016年11月25日取材)