機関誌『水の文化』55号
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水の文化書誌 46
イギリスの川と水

古賀 邦雄さん

古賀河川図書館長
水・河川・湖沼関係文献研究会
古賀 邦雄(こが くにお)さん

1967年西南学院大学卒業。水資源開発公団(現・独立行政法人水資源機構)に入社。30年間にわたり水・河川・湖沼関係文献を収集。2001年退職し現在、日本河川協会、ふくおかの川と水の会に所属。2008年5月に収集した書籍を所蔵する「古賀河川図書館」を開設。
平成26年公益社団法人日本河川協会の河川功労者表彰を受賞。

イギリスの川と橋

イギリスは、イングランド、ウェールズ、スコットランド、及び北アイルランドからなり、人口6511万人(2015年現在)、面積24万3610km2、国土は日本の3分の2程度であり、森林率はおよそ11%、可住地率約85%に及ぶ。

エイヴォンという本来「川」の意味をもつ名前をつけた川がグレートブリテン島に八つ、イングランドに三つ流れている。飯田 操著『川とイギリス人』(平凡社・2000)では、シェイクスピア・エイヴォン川の異名をもつアッパー・エイヴォン川は、ノーサンプトンシャーにあるエイヴォン・ウェルと呼ばれる泉に源を発し、西に向かって流れてウォリックシャーに入り、数々の村を過ぎ、シェイクスピアの故郷のまちを過ぎ、やがてセヴァーン川に合流するとある。この書は、動力としての川について、粉ひき水車、羊毛立国と水車、アークライトの水力紡績機などを挙げ、イギリス発展の基礎をつくり出し、さらに運河の建設で川と結ばれ、輸送手段としてイギリスの経済を増大させ、やがて道路と鉄道に替わり、川と運河は親水空間としての憩いの場と変化したと論じる。

飯田 操著『釣りとイギリス人』(平凡社・1995)では、16世紀、釣りは主に生活を支えるためのものであった。1653年ウォルトンが著した『釣魚大全』の特徴は、一つのレクリエーション(釣り)からもう一つのレクリエーション(瞑想)を生み出したことであり、田園を楽しむ気分に結びついた宗教性も含まれている。18世紀はスポーツとしての釣りの発展、19世紀は疑似餌で釣るゲーム・フィッシング、20世紀の釣りは野生への憧憬として変遷する。哲学的な思索で捉えるイギリス人の釣り文化の深さが潜んでいる。

三谷康之著『事典・イギリスの橋―英文学の背景としての橋と文化―』(日外アソシエーツ・2004)では、中世は政治・社会情勢の不安定から旅も危険性が伴い、旅の安全面の便宜を図るために、修道士の団体による橋や道路の普請が行なわれ、橋の上には礼拝堂が建てられた。ブラッドフォード・オン・エイヴォン橋は、イングランド南部のウィルトシャー州の町ブラッドフォード・オン・エイヴォンを流れるエイヴォン川に架かる。全部で九つのアーチをもち、小さな礼拝堂も建てられた。戦橋(いくさはし)は、戦争の際、敵の侵攻を防ぐために、橋に門塔、落とし門を設けたマノウ橋、ウォークワース橋を挙げる。石の文化を感じさせる。

小川和彦著『テムズ川橋ものがたり』(武蔵野書房・2006)は、ビッグ・ベンと大観覧車のウエストミンスター橋、シネマ「哀愁」の橋霧の街のウォータールー橋、文豪漱石の歩いた道のロンドン橋から塔橋を巡り、その魅力を述べる。

  • 川とイギリス人

    川とイギリス人

  • 『事典・イギリスの橋―英文学の背景としての橋と文化―』

    『事典・イギリスの橋―英文学の背景としての橋と文化―』

  • 川とイギリス人
  • 『事典・イギリスの橋―英文学の背景としての橋と文化―』


テムズ川の流れ

テムズ川は、その源をコッツウォルズ丘陵南部、グロスタシャー州サイレンセスター近郊のケンブルとコーツのほぼ中間、テムズヘッドと呼ばれる場所(標高110m)に発する。多数の川と合流して、ロンドンに至り、サウスエンドで北海に注ぐ。長さ346km、流域面積1万2935km2であるが、河口部で右岸から合流するメドウェイ川を支川とみなすと流域面積は1万6343km2となる。メイデンヘッドからウインザー間には、洪水時の流下能力を目的とした長さ約12kmの二次水路・ジュビリー川が2002年に開削、また、キングストンからリッチモンドの間、河口から約89kmの地点にはテディントン水門が設置されている。これより下流は感潮域になっている。ウーリッジ上流には、テムズバリアと呼ばれる防潮堰が1984年に設置された。

徳仁親王著『テムズとともに―英国の二年間』(学習院総務部広報課・1993)では、テムズ川水運の変遷を論じる。製粉業者の水車の利用から、石炭の運送、上流からモルトがロンドンに運ばれ、また植民地産の砂糖、タバコ、米、茶の物資などが輸送された。しかし19世紀、石炭などが鉄道運送、トラック貨物輸送に移り、水運が次第に衰退していく過程を捉える。相原幸一著『テムズ河―その歴史と文化』(研究社出版・1989)には、テムズヘッドの上流からロンドン・河口まで巡り、テムズ・セヴァン運河、マグナ・カルタ調印の地ラニーミード、日本の唐門と虚子の句碑「雀等も人を恐れぬ国の春」など、事細かにまとめられている。岩崎広平著『テムズ河ものがたり』(晶文社・1994)も、テムズ川の流れを上流から河口まで綴った歴史紀行の書である。岡本 誠著『テムズ川ウォーキング』(春風社・2004)は、オックスフォードからウィンザーまでの120kmを踏破した記録を綴っている。

ガヴィン・ウェイトマン著『テムズ河物語』(東洋書林・1996)がある。この書のなかに洪水の記録がある。昔からテムズ河は氾濫して堤防を越え、建物を破壊し、住人と家畜を溺れさせてきた。その状況は河口から始まってはるか上流域に至るまで変わらない。この災害は古くローマ時代まで遡るという。1953年には、東海岸に悲劇的な洪水を起こし、16万エーカーの農地と200の工場、200マイルの線路、水死者は300名を超えた。その後も1968年、1974年、2003年と起こり、2007年の洪水では英国南部で約35万人が断水被害を受け、5万世帯が停電をしている。最近では2014年2月ロンドン市に被害が生じ、一部の地域では1カ月以上も洪水の影響を受けた。地球温暖化が進むなか、イギリスの河川は水害・高潮の被害を受けやすくなってきている。小説としては、リチャード・ドイル著『ロンドン大洪水』(サンリオ・1982)がある。

  • 『テムズとともに―英国の二年間』

    『テムズとともに―英国の二年間』

  • 『テムズ河―その歴史と文化』

    『テムズ河―その歴史と文化』

  • 『テムズ河物語』

    『テムズ河物語』

  • 『テムズとともに―英国の二年間』
  • 『テムズ河―その歴史と文化』
  • 『テムズ河物語』


イギリスの水都

人間や家畜などの糞尿、ゴミが衛生的に下水などで処理が不可能となった場合、都市の機能は完全に喪失する。人口増のヴィクトリア朝の時代、ロンドンの30万頭余りの馬車によって馬糞が道路を汚し、馬車で削られた石、鉄分で道路は霧が出るとべたつき、衣服や目や喉を痛めた。また、家庭からのゴミ処理、し尿処理も滞り、墓地、入浴場、公衆便所も不衛生的で清掃されず、大気汚染、伝染病コレラも蔓延した。リー・ジャクソン著『不潔都市ロンドン―ヴィクトリア朝の都市浄化大作戦』(河出書房新社・2016)で、テムズ川の汚泥と悪臭の状況も論じながら、下水道などの整備を図ったことを述べる。ヒュー・バーティキング著『英国上下水道物語―人間と都市を救い育てた苦闘の歴史』(日本水道新聞社・1995)がある。

イギリスは世界に先駆けて産業革命を成し遂げた。革命後もイングランド南西部に立地する港町ブリストル市は栄える。石神 隆著『水都ブリストル―輝き続けるイギリス栄光の港町』(法政大学出版局・2014)は、エイボン川を中心にブリストル市の発展を論ずる。ブリストルは天賦の好条件に恵まれたわけでなく、操船に難が生じる強い潮流をもつエイボン川に、潮汐差を船の推進力として利用することによって港町として栄える。だが、商業船の大型化によりこの潮汐差がネックとなり、これを解消するためにフローティング・ハーバーが建設され、さらに川港の制約から、市の活性化のため河口部での新港の建設がなされ、現在でも繁栄していると論じる。樋口正一郎著『イギリスの水辺都市再生』(鹿島出版会・2010)は、マンチェスター、バーミンガム、リバプール、ブリストルのウォーターフロントの環境デザインについて活写する。

  • 『不潔都市ロンドン―ヴィクトリア朝の都市浄化大作戦』

    『不潔都市ロンドン―ヴィクトリア朝の都市浄化大作戦』

  • 『水都ブリストル―輝き続けるイギリス栄光の港町』

    『水都ブリストル―輝き続けるイギリス栄光の港町』

  • 『不潔都市ロンドン―ヴィクトリア朝の都市浄化大作戦』
  • 『水都ブリストル―輝き続けるイギリス栄光の港町』


運河と湖水地方

田中憲一/文・写真『イギリス・水の旅』(東京書籍・1996)、秋山岳志著『イギリス式極楽水上生活―ナローボートで楽しむ爽快クルーズ・ライフ』(光人社・2006)は、運河をこよなく楽しんでいる。また、ピーターラビットを描いたビアトリクス・ポターがナショナルトラストをおこし、美しい湖が維持されているカンブリア州の湖水地方については、辻丸純一/文・写真『英国=湖水地方四季物語』(東京書籍・2000)、北野佐久子著『ビアトリクス・ポターを訪ねるイギリス湖水地方の旅』(大修館書店・2013)、静子・ヒューズ著『イギリス湖水地方に暮らして』(メディア総合研究所・2002)があり、水と緑と空の造形を捉えた田路貴浩著『イギリス風景庭園』(丸善・2000)も刊行されている。

『ビアトリクス・ポターを訪ねるイギリス湖水地方の旅』

『ビアトリクス・ポターを訪ねるイギリス湖水地方の旅』



以上、イギリスの川と水について述べてきたが、やはりテムズ川が中心となる。今日のイギリスの文化、政治、経済の発展は、テムズ川なくして成立し得なかった。

〈倫敦塔裏のテムズに海燕〉(瀧 春一)

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