機関誌『水の文化』74号
体に水チャージ

体に水チャージ
【水分計算】

計算で導き出される1日に必要な「水分量」

国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所(NIBIOHN[ニビオン])は、国際共同調査によって「ヒトの体の水が1日で出入りする量」を予測する「計算式」を発明し、2022年(令和4)11月に米国『Science』誌に発表した。この計算式により、例えば災害時に必要な飲料水の量などを算出することができる可能性も出てきたという。

計算で導き出される1日に必要な「水分量」

なぜ水分を補給しないと3日も生きられないのか

人間が生きていくために水が必要不可欠なことはいうまでもない。過去の研究から、人体のうちどれくらいの割合が水で構成されているか(体水分量)は明らかになっていた。体水分量は、乳児では身体の約60%、成人男性では約53%、成人女性では約45%だ。

だが意外なことに、どれだけの水分量が人の体を出入りしているかは正確にわかっていなかった。それを定量的に把握すれば、人体から1日に失われる水、すなわち1日に必要な水分量を算出できる。

国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所 身体活動研究部 運動ガイドライン研究室 室長の山田陽介さん、同研究員の吉田司さんは、早稲田大学、京都先端科学大学、筑波大学ならびに米国・英国・中国・オランダ等の研究機関の研究者と共同して国際的な調査を行なった結果、人体における1日の水分の出入り(以下、水の代謝回転)を予測する式を世界で初めて発明し、2022年(令和4)11月25日に米国『Science』誌に発表した。

この研究により、平均して成人では体水分量の約10%にあたる水分が1日で失われることがわかった。人間は食べものを摂らなくても最長で数週間は生きられるが、水分を補給しないと3日で命が危ないといわれる。これは水の代謝回転が非常に速いためであることが初めて科学的に裏づけられた。

国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所 身体活動研究部 運動ガイドライン研究室 室長の山田陽介さん

国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所 身体活動研究部 運動ガイドライン研究室 室長の山田陽介さん

10日前の自分と今の自分は別人

今回の研究成果に至った背景について山田陽介さんはこう語る。

「栄養価の研究は主としてアンケート調査に基づいていました。しかし、例えば肥満の人は実際に食べている量より少なく回答するなど、その正確性に疑問がありました。1990年代から、水素と酸素の安定同位体の比率を測る二重標識水法(後述)という手法が安価に使えるようになり、それで二酸化炭素の体外排出量を調べるとエネルギー消費量を正しく計測できます。これにより、食事記録やアンケートなど主観的な方法の疫学調査で推測していた従来の『栄養所要量』が、客観的で正確な『食事摂取基準』に改訂され、科学的なデータに基づいた栄養改善ができるようになったのです」

たんぱく質、炭水化物、脂質といった栄養素については摂取基準量が明確になった。しかし、重要な栄養素の一つなのに水については見過ごされていた。山田さんらが二重標識水法によって水の代謝回転を初めて明らかにしたのだ。

自然界には100種類以上の元素がある。同じ原子番号の元素でも、中性子の数が違うため質量数が異なるものを同位体という。なかでも放射能を発せず自然界に安定して存在する同位体が安定同位体。二重標識水法とは、水分子を構成する水素と酸素の安定同位体を標識に用いた測定方法のことだ。

「水の代謝回転の測定に使うのは水素の安定同位体(重水素)です。普通の水のなかには質量数2の重水素が約0.015%、含まれています。この重水素のみの水を約5ml飲んでもらい、一時的に体内の重水素の値を高くするのです。飲む前と飲んだ後、1〜2週間後の3回、尿を採取して、ごくわずかな増減を高感度に測定できる『安定同位体比質量分析計』にかけます。すると体水分量を正確に測れ、重水素の増え方、減り方の傾きから水の代謝回転率が算出できるのです」

水の代謝回転率、すなわち体水分量に対して1日に出入りする平均的な水分量がどれくらいかは、身体活動レベルや気温・標高などの自然環境、生活環境、年齢・性別・体重などの要因もかかわるから、世界中の数多くの人たちのデータをとらないと正確に把握できない。

「国際的な共同研究により過去のデータも含め、23カ国に住む生後8日の乳児から96歳の高齢者まで男女5604名を対象に調査しデータベース化しました。その結果わかったのは、年齢と水の代謝回転率の関係でいうと、平均して乳児は1日で体水分量の約25%も、成人でさえ約10%が代謝回転、つまり出入りしています。極論すれば成人の体内の水は10日で全部、入れ替わります。こと水に関しては『10日前の自分と今の自分は別人』ともいえるのです」

  • 図1	水の代謝回転を算出する原理についての概念図

    提供:国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所

  • 図2	年齢と体水分の代謝回転率の関係(平均値)

    提供:国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所

  • 図3	年齢と体水分の代謝回転率の関係(個体値と平均値)

    提供:国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所

  • 図4	年齢と水の代謝回転との関係(平均値)

    提供:国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所

1日に必要な水分量を予測できる式を発明

高温多湿の環境だと水の代謝回転は高い値を示す。極端に寒い場合や、北極圏で生活していても同様に水の出入りが多くなることが、今回の研究で初めてわかった。

身体活動レベルが高い人やアスリート、妊産婦、筋肉量の多い人も水分が速く失われる。年齢や体格に加え、社会環境やライフスタイルなどの要因も水の代謝回転率に影響を及ぼしている。

また、発展途上国の人が高い値だったのは、農作業などで身体活動量が高いのが理由の一つと考えられるが、「先進国との生活環境の違いもあるのではないか」と山田さんは推測する。

「先進国のように、外気温に影響されず気温が常時20℃程度にコントロールされている快適な環境で生活していると、水の摂取量は少なくて済みます」

こうした各種の要因が水の代謝回転に与える影響度を明らかにする計算式を発明したのが、今回の研究の最大の成果だ。この予測式(図5)に各々あてはまる数値を入れていけば、水の代謝回転量の値、つまり1日に何mlの水分が必要なのかわかる。

「ただし注意すべきなのは、例えば4Lという値が出たからといって4Lの水やお茶などの水分を摂取する必要はありません。その約40%の1.6L程度が目安。なぜなら、残り60%の水分は食品中の水や、エネルギー代謝の過程で産生される水などで補えているからです」

健康との関連を調べることは今後の大きな課題であるが、さまざまな環境下での脱水症や熱中症の予防、腎臓病などの疾病の予防に適切な水分量を求めていくことが期待できる。また、災害時の飲料水確保や、人口増加や気候変動による水不足の予測モデルの構築にも役立つだろう。

「特定の遺伝子の有無や腸内細菌の種類、あるいは食習慣・食文化によっても適切な水分摂取量は違うはずです。この式から外れるそうした個別の要因が水の代謝回転に与える影響についても、明らかにしたいです」と山田さんは意気込む。

図5	水の代謝回転の計算式

提供:国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所

(2023年4月13日取材)

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