機関誌『水の文化』70号
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食の風土記16「ワニ」料理
ハレの日に食卓を彩る「ワニ」料理

水と風土が織りなす食文化の今を訪ねる「食の風土記」。広島県の北部で、秋祭りや正月に欠かせなかった「ワニ」料理を紹介します。

もちっとした食感が楽しめる「ワニ刺身」。しょうが醤油で味わう

もちっとした食感が楽しめる「ワニ刺身」。しょうが醤油で味わう

山間部の盆地で唯一生食できた海産物

中国地方のほぼ中央部にある三次(みよし)市や庄原(しょうばら)市といった山あいの地では、「ワニ」(注1)の肉が郷土料理として食べられている。ワニとは、山陰から広島県北部にかけての「サメ」の呼称だ。今回は三次市を訪れ、ワニの食文化を探った。

三次市は、日本海へ注ぐ江の川(ごうのかわ)に馬洗川(ばせんがわ)、西城川(さいじょうがわ)が合流する盆地で、古くから舟運で栄えてきた。さらに江の川の上流には広島市に流れる太田川の支流もあるため、山陰と山陽を結ぶ要衝として三次は非常に賑わった。

広島県立歴史民俗資料館 主任学芸員の葉杖哲也さんによると、山陰では江戸時代からワニ漁が行なわれていた記録が残っており、島根県大田市の五十猛(いそたけ)などで水揚げされたワニを三次まで運んでいたと考えられるという。舟だと時間がかかりすぎるため陸路の可能性が高いが、山陰と川でつながっていた三次ならではだ。

「ワニ肉は、トリメチルアミンオキシドとアンモニア臭の元である尿素が豊富です。これらが食中毒の発生を抑え、脂質も酸化しにくいため味が落ちにくい。また、ワニは死後3日目以降にアミノ酸が急増し、うま味が増すといわれています。海産品といえば塩蔵物しかなかった三次で、今のような輸送手段がなかった時代に生食できる唯一の海産物がワニだったのです」

(注1)ワニ
ワニという呼称は「因幡(いなば)の白兎(しろうさぎ)」伝説の和邇(わに)からなど諸説あるが、正確な語源は不明。

  • 江の川に馬洗川、西城川が合流する三次市。ワニは行商人が山陰から三次などの山間に運び、帰りは沿岸部では収穫困難な米を仕入れたとの説もある

    江の川に馬洗川、西城川が合流する三次市。ワニは行商人が山陰から三次などの山間に運び、帰りは沿岸部では収穫困難な米を仕入れたとの説もある

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  • 石畳が残る三次の町並み

    石畳が残る三次の町並み

  • 広島県立歴史民俗資料館 主任学芸員の葉杖哲也さん

    広島県立歴史民俗資料館 主任学芸員の葉杖哲也さん

秋祭りや正月などハレの日のごちそう

三次には、ネズミザメやアオザメ、ときに人食いザメ(注2)として恐れられるシュモクザメなど、20種類ほどのワニが食用として運び込まれていた。特に人気だったのが、もっちりとしてアンモニア臭の少ないネズミザメ。今もスーパーマーケットで売られ、食卓に上る定番だ。

食べ方は刺身が主で、他に酢味噌和え、煮付けなど。夏以外は日常的に消費された。三次では、秋祭りや正月などハレの日にワニの刺身が並んだ。「腹がつべとう(冷たく)なるほどワニを食べるのが最高のごちそう」といわれるほど、ワニの刺身は欠かせなかった。大正時代から昭和時代初期にかけては岩手や秋田などでもワニを刺身で食べたようだが、山間部、しかもハレの日に今でも刺身を食べるのは広島県北部特有の食習慣らしい。

ワニを刺身としていつから食べていたのかは定かでないが、山陰でのワニ漁の記録や五十猛と三次間の移動距離、アンモニアによるワニ肉の保存性の高さなどを考えると、「江戸時代からワニの刺身が食べられていてもおかしくない」というのが葉杖さんの説だ。

(注2)人食いザメ
まれに人がサメに襲われることはあるが、人を狙って襲うサメは存在しないので「人食いザメ」という表現は誤り。

昔から幅広く使われ身近な存在だったワニ

ワニの刺身をぜひ食べたいと思い、今ではワニ料理を味わえる希少な店「むらたけ総本家」へ。ここでは鳥取県の境港で水揚げされるアオザメを一尾丸ごと仕入れ、刺身や湯引き、天ぷら、あぶり串などで提供している。

初めてワニ肉を口にする。きれいなピンク色をした刺身と湯引きは肉厚で、ビンチョウマグロのようにもちもちとした食感。昔は「捕れてから1~2週間たった臭うようなワニの肉がうまい」とされていたらしいが、今は臭みもなく、何切れでも食べられる。天ぷらはさっぱりとして食べやすく、鶏肉に近い。

「ワニは昔こそアンモニア臭いイメージもありましたが、最近は特に若い方においしいと人気なんですよ」と女将の村竹美保さん。

ワニ肉には免疫や骨の強化、眼精疲労を和らげるといった効果もあるとされ、肝油などは昔から薬として活用されてきた。

葉杖さんによると、ワニの骨を加工した装飾品が庄原市内の縄文遺跡から見つかっているそうだ。今は海の厄介者のように扱われるが、太古から人にとって身近だったワニ。しかもおいしい。サメへの印象がガラリと変わった。

  • 「むらたけ総本家」で味わえる「ワニ湯引き」(手前)と「ワニ梅しそ巻き天ぷら」

    「むらたけ総本家」で味わえる「ワニ湯引き」(手前)と「ワニ梅しそ巻き天ぷら」

  • 「むらたけ総本家」外観

    「むらたけ総本家」外観

(2021年11月24、25日取材)

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