冬場は、夏とは異なり喉(のど)の渇きを感じたり、汗をたくさんかいたりしないため、体のなかの水分が減少しているとは考えにくい。しかし冬場には冬特有の脱水リスクがある。寒冷地でしかも高地で行なうことが多いウインタースポーツ。その選手らに食事や水分補給に関して指導している石橋彩さんに、冬の脱水リスクやその回避方法を聞いた。
写真提供:全日本スキー連盟
インタビュー
東洋大学 健康スポーツ科学部助教
石橋 彩(いしばし あや)さん
2018年立命館大学スポーツ健康科学部博士課程修了。博士(スポーツ健康科学)。2015年から5年間、国立スポーツ科学センター研究員を経て、日本学術振興会 特別研究員PD(東京大学大学院)として活動。2023年より現職。資格は管理栄養士、公認スポーツ栄養士、IOC Diploma in Sports Nutritionなど。全日本スキー連盟情報・医・科学委員会委員。
スポーツと食べることが好きで、スポーツ栄養学に興味をもち、その分野が学べる大学に進学しました。卒業後にいったん就職しましたが、学んだことと現場では乖離することが多く、大学院に入り直してさらに研究を深める道を選びました。
現在は大学で教鞭をとる傍ら、スポーツ選手のサポートも行なっています。現場で困っている課題を研究し、その結果を現場にフィードバックしています。
2015年(平成27)に研究員として国立スポーツ科学センターに入職して、すぐにノルディックスキー・コンバインドの強化指定選手をサポートすることになりました。ノルディック複合とも呼ぶこの競技はクロスカントリースキーとスキージャンプを行ないます。ジャンプは体重が軽い方が飛距離は出やすく、クロスカントリーは筋量が多く体重の重い選手の方が戦績がよいため、両立することが難しく、「キング・オブ・スキー」とも言われています。
気温が低く乾燥している寒冷地では、通常の環境よりも皮膚や呼気(こき)からの水分蒸発量が増加します。トレーニングで発汗もしますし、体の内部の温度(深部体温)が低下し、末梢血管が縮小し、深部体温を維持しようとします。その結果、循環血液量が増加し、利尿が促進されるのです。
そもそも、寒冷地では喉の渇きに気づきにくく、トイレに行く回数を抑えたいがゆえに十分な水分補給をしなかったり、すぐに水分補給できない状況もあったりして、冬場の脱水リスクは低くありません。
尿量が増えることで、ナトリウムやカリウム、カルシウムなど、電解質と呼ばれるミネラルの損失も増えます。体内の電解質のバランスが崩れると、さらに脱水症状が起こりやすくなります。
ちなみに、寒いと体が震えるのは、筋を収縮させて深部体温を上げようとする生理現象です。これにより生体内に蓄積されているグリコーゲン(エネルギー源)が消費されますので、糖質不足にも気をつけたいところ。寒冷地では食欲が落ちがちなので、香辛料などを活用して食欲を高める工夫も必要です。スキー場のレストランの定番メニューにカレーライスがありますが、香辛料で食欲を誘い、糖質も摂れることから、実は悪くない食事といえます。
高地の低酸素環境下でも寒冷地と同様に、呼気と尿からの水分損失が増加するうえ、エネルギー消費も多くなり、水分と電解質の損失が増えます。高地でのトレーニングは、さらに脱水のリスクが高まるといえます。
高地では体内でヘモグロビンの産生が増えることから、有酸素能力(全身持久性能力)を高めることが期待できます。食事面では、ヘモグロビンの材料となるたんぱく質と鉄の両方を摂取することが重要です。また低酸素環境下では、酸化ストレスが増えるため、抗酸化ビタミンも摂取するようにできるとよいです。
特に運動中は水ではなく、スポーツドリンクを飲むように指導しています。スポーツドリンクは損失したミネラルを補い、水より吸収率も高くなります。飲む量はトレーニングの前後で体重を量り、減った分を補うようにします。体重を2%以上減らすと、パフォーマンスを低下させるリスクが高くなります。体重50kgの選手なら、1kg以上減らさないようにします。
脱水予防のためには、尿の色や尿比重もポイントで、尿に含まれる物質の比重を尿比重計で測ることでも水分補給が十分にできているかどうかを確認できます。
基本的には練習の4時間前から2時間前までに自分の体重1kg当たり5〜10ml、つまり体重50kgの選手なら250〜500mlの水分を補給してからトレーニングすることを心がけていただきたいです。体を冷やしたくないときは温めたスポーツドリンクを飲むことも有効です。
冬場でも単に自覚しづらいだけで、喉の渇きは起こっています。一般の人がウインタースポーツをされる場合、厚着していることが多いので、競技者よりも発汗量はむしろ多い可能性が高いです。尿の色のカラーチャート(「熱中症を理解して「水」の摂取で予防する」参照)を参考にしたりして、失った水分をすぐに補うことを心がけてください。
「スポーツドリンクは甘さや苦味、後味の悪さを感じるから苦手」という方も多いと思いますが、その場合はスポーツドリンクを水で薄めたうえで、塩をひとつまみ加えれば大丈夫です。
発汗量が少ない冬場は、飲んだ水分は排尿で調節されます。トイレに行く回数を減らしたいなら、一度にたくさん飲むのではなく、少量ずつ回数を多く飲んだ方が尿量は少なくて済みます。
ウインタースポーツに限らず、冬場でも脱水しているということを意識して、運動する前後はしっかり水分補給をしてくださいね。
(2023年5月9日取材)