地域が抱える水とコミュニティにかかわる課題を、若者たちがワークショップやフィールドワークを通じて議論し、その解決策を地域に提案する「みず・ひと・まちの未来モデル」。初年度は長野県松本市の「公共井戸」を研究しました。
松本市の中心市街地には数多くの公共の井戸や水場が点在し、人びとの暮らしを支えています。ところが、公共井戸の持続的な利用には課題が潜んでいることがわかりました。そこで、野田さんとゼミ生、ミツカン若手社員が3つの公共井戸を調査し、松本市に提案しました。
コロナ禍での研究活動と政策提言にあたっては、松本市総合戦略室にご理解とご協力をいただきました。
機関誌『水の文化』では伝えきれなかった松本市への政策提言資料や研究活動を終えたゼミ生+ミツカン若手社員のコメントをご紹介します。
法政大学現代福祉学部 野田ゼミ
准教授 野田岳仁さん(研究指導・連載執筆)
野田ゼミ3年生 12名
ミツカン若手社員 3名
松本市への政策提言発表会を控えて
松本市役所のご協力により、2021年12月23日に松本市役所庁舎で「松本市への政策提言発表会」を実施しました。松本市役所からは関連する5つもの部署から代表者10名が出席して、ゼミ生たちの提言に耳を傾けて下さいました。当日資料を全ページ公開します。具体的にはどのような提案内容だったのでしょうか?ダウンロードしてじっくりご覧ください。
江戸時代から存在する「源智の井戸」。水汲みをする人の姿は絶えませんが、利用者は歴史的価値に惹かれているわけではありませんでした。井戸を掃除する方々は高齢化が進み、このままでは井戸がなくなるかもしれません。どうしたらよいのでしょうか?
ご神木であるケヤキや赤い橋が印象的な「槻井泉神社の湧水」。地元の人たちが日常的に手入れをするなど、とても大切にされています。まさに住民が集う「憩いの場」の成功事例ですが、その理由を解き明かすことができれば他の井戸のヒントにもなるはずです。
いつもきれいに使われている「鯛萬の井戸」。散歩中の人たちも利用する「居心地のよさ」の陰には毎週土曜日の朝4時半から掃除をしている有志(男性3人)の存在がありました。丁寧な掃除を長年続けているこの人たちの原動力はどこにあるのでしょうか。
「松本市への政策提言発表会」を終えた2022年1月7日、野田岳仁准教授と野田ゼミ3年生12名がミツカンの東京ヘッドオフィスに来訪。ミツカン若手社員も含めて8カ月におよぶ研究活動を振り返りました。学生の皆さんと若手社員に、夏のゼミ合宿で感じたこと、この研究活動で得たこと、松本市役所への期待などを語ってもらいました。(チームは政策提言の発表順。チーム内は姓の五十音順)
もっとがんばろうと
思う自分がいた
上田風太朗さん
夏合宿は大変でしたが、追いつめられていた状況でも「もう少し長く滞在して調査すれば、もっといいものができるかもしれない」「辛いけれど、もっとがんばれる」と思う自分がいたことは大きな発見でした。水には水質やおいしさだけではない「選ばれる理由」があることを知りましたので、希望する食品メーカーへの就活に自信をもって臨みたいと思います。
チームワークが
身についた
篠崎結衣さん
これまでの私は、自分一人ですべてをやりきるか、誰かに頼って任せてしまうかの二通りでしたが、「チームで協力して物事を進める」ということが身につきました。このチームも途中からみんなが自分の得意なところは率先して取り組み、苦手なところはそれを得意な人がカバーするという役割分担ができるようになったのです。チームワークの重要性がよくわかりました。
文化財を生かし
生かされる関係
高森琴音さん
京都が大好きで、特に平等院鳳凰堂にはいずれボランティアとしてかかわって生かし生かされる関係になりたいのですが、源智の井戸を守る会の会長さんが「井戸の掃除をすると足腰が丈夫になってありがたい」と話すのを聞いて、この人たちは井戸を生かし、井戸に生かされているんだなと思いました。文化財を大学生や市民が支える道もあると感じています。
バラバラな話が
つながる瞬間
晴山拓朗さん
さまざまな人に話を聞くなかで、一つひとつの話はバラバラで矛盾していたり、その場ではかみ合わないと感じても、あとで思い返すと「そういうことだったのか!」とつながる瞬間がありました。それがこの研究の楽しさなのかもしれません。また、データを集めて「こうでした」と提示するだけでなく、データをどう用いて伝えていくのかが大事なんですね。
あきらめずに通った現場
横山ひかるさん
(ミツカン社員)
夏合宿では朝4時半に起きて、炎天下に何時間も井戸に張りついて……社会人になってこんなにきつい日々はなかったですが、最終日の朝もあきらめずに井戸へ行ったら井戸を守る会の人たちに会うことができたんです。久しぶりに一つのことに集中してのめり込んで「考える」姿勢を取り戻し、少し狭まっていた視野が広がり、成長したと感じています。
松本市民の人柄に
惹かれて
大和田力己さん
事前に調べていた情報と現地で見聞きしたことを組み合わせる、そのバランスが難しかったですね。現地でもっとも印象深かったのは松本市の人たちの人柄です。槻井泉神社はもちろん、別の井戸を調査したときに出会った方々にも親切にしていただきました。また、就活を控えたこの時期に、社会人の方々と行動できたことは私にとって大きな出来事でした。
井戸に対する強い愛着
田中珠李さん
仮説を立てて現地に行きましたが、ギャップはかなりありました。ただし、お話を聞くと一人ひとりがほんとうにこの井戸が好きで通っていることがよくわかりました。特に印象に残っているのが、聞き取り調査初日にお会いした90代のおばあちゃんです。まるで自分の孫の自慢をするかのように、井戸についてたくさん話してくれたのです。
価値観や気持ちを
聞き出す
田所亜美さん
「槻井泉神社の湧水はこういう場所」と想定して調査に臨みましたが、いざ自分に置き換えるとふだんの生活はさほど意識していないものですから聞かれた側もきっと話しづらかったと思います。また、こちらの問題意識から話を聞き出すのではなくて、まずは相手の価値観や純粋な気持ちを聞いて、そこからくみとることが大事なのだと学びました。
本音を引き出すには
豊田南歩さん
成長したと思うのは、相手の話を聞く「傾聴力」と方向性を見出すための「分析力」です。初対面でその人の価値観や愛着を聞き出すというのは難しくて……どういう言葉を使えば本音を引き出せるのかはすごく考えました。また、ディスカッションするなかで方向性を見出すということも積み重ねたので、8カ月間で分析力も伸びたと感じています。
深掘りする貴重な時間
大泉由佳さん
(ミツカン社員)
社会人になると、一つの事柄にこれだけ長く携わって深掘りするということはなかなかないものです。物事を考える際に俯瞰する癖がついていたので、実際に井戸を使っている人たちにお話を聞いて「そう思っているんだ」と感じたり、井戸そのものを深くくわしく探る経験は貴重でしたし、それが社会学のおもしろいところなんだろうなとも思いました。
仮説が崩れるたびに
鍛えられた
井坂 匠さん
この調査研究は、仮説を立てては裏切られ、また考えて立て直した仮説がまた崩されるという連続でした。ですので、自分自身の分析力や思考力、論理的構成力がとても鍛えられたと感じています。来年度、この研究活動に取り組む後輩たちには、事前にどういうことを聞くのかをしっかり準備したうえで、聞き取り調査に臨んでほしいと思います。
取捨選択の能力がアップ
伊藤歌那さん
初日に鯛萬の井戸に関するキーパーソンたちにお話を聞けたので、「あれ、この調査は楽勝かもしれない」と思ったのですが甘かったです。皆さんそれぞれ井戸に愛着をもっていたので、どの人の意見に絞るかが大変でした。最終的には大野さんの価値観を広める方向で提言しましたが、そこに至るまではほんとうに苦しくて……いい経験になりました。
悩んだすえの達成感
佐藤 雅さん
私たちのチームは最後まで悩み、時には悲劇のヒロインみたいな気持ちになったこともありましたが、悩んだからこそ達成感と人に自慢できる体験を得ることができました。反省点としては、調査初日にキーパーソンにお会いできたにもかかわらず自分たちの準備が十分ではなかったこと。事前に質問を用意して話を聞き出せればもっと充実した調査になったはずです。
答えのないことを
考える日々
中澤怜加さん
振り返ると苦しいことも多かったけれど、「楽しかったな」というのが今の率直な思いです。それは、大学のゼミ活動で討論し、答えのないことを考えることに憧れがあり、実現できたからです。自ら積極的に話すタイプではないんですが、このチームではできるだけ自分の意見を言うように心がけたことで、以前より成長できたと思います。
同じ井戸でも考えが違う
明石 遥さん
(ミツカン社員)
井戸をただ利用している人、井戸を掃除している人、それを見守る町会の人――同じ井戸なのに、人によって、立場によって考えていることがまったく違うことに驚きました。最終的に私たちは「価値観を広めていく」という提案にしましたが、松本市役所の方々にはそこを起点に具体的な施策を立て実行していただければと願っています。
※感染予防について
すべての取材・会議に際して感染防止対策を徹底しました。顔写真を撮影する特定のシーンのみマスクを外しましたが、それ以外は常時マスクを着用しております。また、フィールドワークの前後2週間、毎朝の検温と体調チェックを実施し、抗原検査で陰性を確認してから現地入りしたほか、聞き取り調査では身体的距離を確保するよう注意しました。