2年目となる「みず・ひと・まちの未来モデル」は、神奈川県足柄下郡の真鶴町を研究対象地域に選びました。海に面した風光明媚な真鶴町は、まちづくりに携わる人びとの間では「美の条例」を制定したまちとして知られています。
箱根や熱海といった有名な温泉観光地がそばにあり、北は小田原市、西は湯河原町に面している真鶴町。素朴でありながら美しさが感じられる生活景観とコミュニティに惹かれて、移り住む人たちが後を絶ちません。しかも、単に移住するだけでなく、地域の活動にも積極的に携わっているというのです。
野田さんとゼミ生、ミツカン若手社員は、そうした風土をもつ真鶴町の魅力の源泉はどこにあるのかを研究します。初訪問から8カ月後の2022年(令和4)11月20日、町民の方々を対象とした「研究成果発表会」を実施しました。
コロナ禍での研究活動と政策提言にあたっては、真鶴町役場にご理解とご協力をいただきました。
ここでは、機関誌『水の文化』で伝えきれなかった真鶴町への研究成果発表資料、そして研究活動を終えたゼミ生+ミツカン若手社員のコメントをご紹介します。
法政大学現代福祉学部 野田ゼミ
准教授 野田岳仁さん(研究指導・連載執筆)
野田ゼミ3年生 12名
ミツカン若手社員 3名
3泊4日の夏合宿。宿舎の前で
真鶴町役場のご協力により、2022年11月20日に真鶴町民センターで「研究成果発表会」を実施しました。風雨が強まるあいにくの天気にもかかわらず、たくさんの人びとが足を運んでくれました。当日に投影した資料を全ページ公開します。ぜひダウンロードしてじっくりご覧ください。
水チーム:なぜ「水」に注目するのか?
「美の条例」は、そもそも真鶴町が全町民の暮らしをまかなえるだけの自主水源をもっておらず、暮らしを守る手段としてつくられたという経緯があります。しかし、岩地区にはたくさんの湧き水がありました。そして近隣住民で水道組合を運営していたのです。
移住チーム:「人間関係」紹介のまち歩き
神奈川県唯一の「過疎地域」に指定されている真鶴町。しかし、移住者が急増し、2019年度には町の転入者が転出者を上回りました。しかも、移住者が地域活動やまちづくりの担い手になっているのです。まずはユニークな施策「まち歩き」に着目しました。
地元チーム:移住者を支える「社会的オヤ」
真鶴で活躍する移住者には必ずと言ってよいほど、まるで肉親のように支えてくれる地元住民がいます。地域のルールや暮らしの作法を教えるなど弱い立場の人間の面倒を見る存在を「社会的オヤ」と呼びます。真鶴で出会った象徴的な2組から紐解きました。
真鶴町の町民を対象とする「研究成果発表会」を終えた2023年(令和5)1月23日、野田岳仁准教授と野田ゼミ3年生がミツカンの東京ヘッドオフィスを訪問し、ミツカン若手社員も含めて8カ月におよぶ研究活動を振り返りました。学生の皆さんと若手社員に、印象に残っている人やゼミ合宿のこと、研究活動で得たことなどを語ってもらいました。
(チームは研究成果の発表順。チーム内は姓の五十音順)
意見の衝突から生まれた
議論の土壌
齋藤さくらさん
岩地区における住民同士のつながりの強さを感じると同時に、水槽タンク、神社、港といった住民の交流を支えるしくみや場所があることにも気づきました。実はチーム内で意見が衝突したことがあったのですが、それがきっかけとなっていつも真剣に議論できるチームでいられたのだと思います。成果発表に向けてスライドをつくる際に、論理の一貫性を常に考えつづけたことは私の財産です。
苦手なことを知り、
今後の糧に
西牧侑真さん
長野県出身なので、真鶴の海を含めた景色や街並みが印象的でした。研究活動に関しては、岩地区の歴史もそうですし、「無尽講」など初めて知ることも多かったので、それらをまず理解し、そこから自分たちの「問い」につながる質問を構築することで苦労しました。聞いたことを整理する点などが苦手だったことをあらためて知りましたが、それは今後の自身の成長に活かすことができそうです。
「どう伝えるか」を
突き詰めて考えた
横井玲音さん
いま振り返ると、論理的に考えることができるようになったと思います。研究の成果を住民の方々に「伝える」ことが水チームのゴールでしたので、自分たちが集めた証拠や具体例、事例などを、因果関係も含めてどういうかたちで展開していけばよいかをみんなで話し合いました。突き詰めて考えるうちに、物事を順序立てて考える力を身につけることができたと感じています。
アドレナリンが
出つづけた日々
田中友理さん
(ミツカン社員)
岩地区を調査する際、どんな人間関係があるのかわからないので、お聞きした話をパズルのようにあてはめ少しずつ理解を深めていきました。その過程がおもしろくて4日間アドレナリンが出つづけました。今までは自分自身の成長を意識して生きてきましたが、他のメンバー3名が成長していく姿がほんとうにうれしくて! 「人の成長を喜べる」という私の大きなターニングポイントとなりました。
データからの
取捨選択に悩む
大屋優衣さん
夏合宿の前から移住者への聞き取り調査を進め、データは大量に集めることができたのですが、取捨選択が難しくて迷子のようになってしまった時期もありました。しかし、秋以降のゼミでみんなの話から自分にないものを吸収しつつ、自分の足で歩いて集めたデータを見直して、それがしくみとして当てはまったときは「研究っておもしろいんだ!」と思いました。このゼミに入ってよかったです。
俯瞰して考える力が
ついた
川俣美桜さん
これほど長く1つのことに取り組んだことはなかったので、大きな達成感を得ました。リーダーを務めるのは初めてで、「自分たちは今、これをやらなきゃいけない」と状況を見ながら客観的に判断したり、現地に行って初めてわかることも多くて「これがいい!」と思っても実は問いからずれていたこともありました。そうした経験を通じて物事を俯瞰して考える力がついたと思っています。
相手の立場を考えて
問うように
西澤貞利さん
真鶴の人たちは町外の人を温かく迎え入れる姿勢が強いと感じます。研究を思うように進められず悔しい思いもしましたが、取材する前に相手の立場になってどういうふうに話を聞けばよいのかを考えて質問項目を構築し、自分たちの「問い」に結びつく答えを実際に聞けたときはほんとうにうれしかったです。その結果、いろいろな人の目線をもち、相手と向き合う力を身につけられました。
「取っ手」が
たくさんある地域
越智真太郎さん
(ミツカン社員)
真鶴には、子育て中の女性同士、老人同士、移住者同士など小さなコミュニティがたくさんあるので、自分の肌に合うところに飛び込んでいけばいいのですね。ドアの「取っ手」がいっぱいあるようなまちでした。研究に参加して、環境社会学に触れられたこと、水への理解が深まったこと、学生さんや真鶴の人びとと交流したことなどほんとうに刺激が多くて、参加してよかったと思っています。
成長したのは
「話の引き出し方」
五十嵐優姫さん
合宿初日、私はあまりいいデータを得られませんでしたが、他の人たちは有益な情報をつかみ、さらに次の道筋をきちんと捉えているのを見て、事前準備も目的意識も足りなかったと痛感しました。次の日からは「これを聞き出すんだ」と軸を忘れないように心がけ、インタビュー中に少し話がずれたと感じたら別の角度から問い直すこともできるようになり、大きく成長できたと思っています。
輝くママさんたちに
触発されて
金子紗良さん
事前にどれほど調べても、足を運んで話を聞くことでしか得られない事実があるんですね。「本当はどうなんだろう?」と意欲をもって行動できるようになりました。印象的だったのはコニュニティ真鶴のママさんたち。真鶴のことが大好きで、改善点も受け入れたうえで純粋に暮らしを楽しんでいました。その影響もあり、地域に誇りや愛着をもってもらえるような仕事につきたいと考えています。
みんなで取り
組む力の大きさを実感
古口千聖さん
自分が得意なこと、苦手なこと、好きなこと、嫌いなことなどさまざまなことを考えさせられた8カ月でした。一つの目的に向かってみんなで力を合わせて取り組むという経験は初めてでしたが、もしも一人でやれと言われたら太刀打ちできず途中で心が折れてしまったかもしれません。チームに支えられた日々から将来は大きなプロジェクトに参加したいと思うようになり、私の転機となりました。
研究とは
「人の生き方」を
学ぶこと
平山凜子さん
もともとは真鶴の「美の基準」を研究テーマに掲げていましたが、やはり難しく合宿初日で断念せざるを得ませんでした。落ち込みましたが「研究とは、一人ひとりにお話を聞いて、人の生き方を知ることができるありがたいものなんだよ」という野田先生の言葉にハッとしました。それまでの私は成果ばかり追い求めていた……そう気づいてからは自然体で調査に臨むことができるようになりました。
目の前の行為の
裏にあるもの
山下友梨子さん
当初は、あーちゃんこと草柳文江さん、そして竹林初江さんが移住者に親切にしている行為に目を向けていましたが、その行為に現れる背景を考慮する「生活環境主義」から読み解くと、真鶴には歴史的に「社会的オヤ」が根づいていることがわかりました。野田先生とは1対1で話をする機会が多く、そうした方法論の大切さも含めて集中力を高く保つことができ、充実した日々となりました。
人生の選択肢が広がった
吉田一喜さん
いろいろな人たちに出会えた8カ月間でした。生まれ育ったまちで就職しようと思っていましたが、真鶴には自分の好きな場所に住み、自分にしかできないことをする人たちがたくさんいました。接するうちに「こういう生き方もありだよな」と私の考えも変わっていきました。研究成果をまとめる際、相手にきちんと伝えるためにはどうしたらよいのかを考え抜いた点は、大きく成長したと思います。
学生に気づかされた
「熱い思い」
川口莉奈さん
(ミツカン社員)
ゼミに参加して驚いたのは、皆さん本当にまじめで、しかも熱い思いで取り組んでいたことです。「ここがダメ」「もっと成長したい」と夜遅くまで議論を重ねている姿を見て、今の自分は大学で部活動に取り組んでいた頃に比べて少し貪欲さを失っていたかもしれない……そう感じたのです。そこで「みんなに負けないよう自分もがんばろう」と仕事に対する姿勢を考え直すきっかけになりました。