機関誌『水の文化』41号
和紙の表情

和紙の表情

編集部

紙は素材

当たり前のことだが、紙は素材だ。絵を描いたり、手紙を書いたり、包んだりする〈暮らしの道具〉として存在してきた。

パンに餡を入れてあんパンをつくったように、紙に書く文字の違い(漢字と平仮名の差)や、製造工程の簡略化のための原料選び、求められる品質の多様性などが要因となって、大陸から伝わった紙を日本人はオリジナルなものに変えていった。その一つひとつを探っていくと、日本人が〈暮らしの道具〉に何を求めたかという民族性が浮かび上がってきて興味深い。

多様化した紙には、格式が与えられた。それは一方で、一般庶民も紙を使う贅沢が享受できた証しでもある。長く平和が続いた近世は、紙を〈暮らしの道具〉として使うことを後押ししてくれた時代でもあった。

和紙の蔭に仏教あり

国家機密として極秘扱いだった紙の製法は、ヨーロッパより1000年も早く日本に伝えられた。その背景には仏教があり、仏教の隆盛は、数多くの写経用紙を必要とした。日本に伝えられたのは、朝鮮半島において仏教の布教が重視されていたことの現われであり、朝鮮半島との国交の証ともいえよう。

仏教は政治的にも利用されたが、一方で和紙の普及とも密接であった。時の権力者は和紙の製造に深く関与したから、今からは想像もつかないが、和紙は非常に政治的な存在であったのだ。

風土が培う

すぐに真似され他国に追い抜かれる近代技術と違い、和紙の製法はなかなか真似されることはない。

ところが和紙という素材を用いるほうの〈暮らし方〉の技量が怪しくなってきた。カナダ人のデービッド ブルさん(「木版画を見立てる審美眼」参照)が指摘するように、日本人は木版画の鑑賞の仕方さえ忘れ去っている。これでは、せっかく風土に根ざして育まれた和紙の生きる術がない。

和紙は長い繊維で漉かれるために、強靭でしなやかだ。また、透過光を美しく拡散する、インクが表面だけでなく繊維の奥まで入り込むので発色が良く耐久性に優れる、といった特質がある。

和紙の特質を知らないために活用できず、1500年かけて培ってきた素材が消え去るのでは、いかにも勿体ない。今号でご紹介した〈和紙使いの達人たち〉にその優れた特性を教えていただき、新しい活用法について、今一度考えてみたいものだ。

モノが語る価値

山根一城さんは、人をもてなすことは「自分の時間を小切りにして相手に贈ることが第一義」(「心を包む折形礼法」参照)と指摘する。

ファックスやメールに取って代わり手紙も書かない現代でも、単に用件だけを伝えるのではなく、丁寧に墨を擦り、相手を思って文をしたためることが、たまにはあってもいいのではないか。形式にとらわれず、心を込めて書かれた手紙は、テキストだけでない情報と想いを届けてくれるに違いない。

同様に電子書籍では得られない、物としての本の価値もあろう。テキストの意味だけ知ればいい、という読書も否定はしないが、紙の手触りや装丁の美しさを愛でながら、総合的な情報を味わう読書にも市民権を認めてほしい。和紙の存在意義は、そうした間口の広さによって高められるはずだ。

まだ間に合う

今も残る和紙産地には、為政者によって庇護を受けた所が少なくない。美濃も越前も土佐も、御用紙漉や紙屋衆による紙座といった専売制が、生産者に安定した製造を保障してきた。そうした産地も、幾度かの危機に瀕し、それを乗り越えて現在がある。ところが、ここへきて、ぎりぎりの状態になっているという。

日本の建築基準法も和紙利用にブレーキをかける要因だ。商業施設などに不燃や難燃の規定があり、和紙使用が制限されることもあるからだ。和紙の不燃加工の技術も実用化されているので、こうした壁も徐々に克服してほしい。

全国ほとんどの日本酒ラベルに和紙が使われていることも、意外と知られていない事実。和紙の優れた特質が忘れ去られているのは、触れる機会がないからだ。知ってもらうためには、もっとアピールすることも大切だろう。

もっと光を

光を透過して拡散させる、という和紙の特質を遺憾なく表現したのは、アメリカ人彫刻家のイサム ノグチだ。「AKARIシリーズ」は1951年(昭和26)にデザインされて以来、100作以上も発表され、高い評価を受けている。

前述のブルさん同様、日本人は和紙に先入観を抱きすぎているのかもしれない。最初から壁をつくらずに新たな使い途を開発するには、柔軟な思考ができる若い人材と、和紙の特質を知り抜いたコーディネーターの存在が求められる。まずはそこから手をつけて、1500年の叡智をつないでいきたい。



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