2009年05月29日
北川 圭子
きたがわ けいこ
郡山女子大学家政学部人間生活学科教授
今では当たり前になったダイニングキッチン。そのモデルは「公団2DK」であるというのが、定説でした。しかし、北川圭子さんは女性建築家第一号の浜口ミホを調べるうちにそうではないルートがあったことを発見します。...
2009年05月29日
藤森 照信
ふじもり てるのぶ
東京大学生産技術研究所教授 建築史家 建築家 工学博士
女性の地位と台所は、戦後歩みを一つにしてきた、という藤森照信さん。ガスと水道が完備することで、暗くじめじめして、低い所に置かれていた台所が床上に上がってきました。床の間が男性の象徴だとしたら、明るくきれい...
2009年05月29日
杉本 節子
すぎもと せつこ
財団法人奈良屋記念杉本家保存会事務局長 料理研究家
うちとこの家は、蛤御門の変で起きた元治の大火のあと、再建されたもの。棟札によれば、1870年(明治3)の上棟です。杉本家は1743年(寛保3)に奈良屋の屋号で呉服商として創業しました。1767年(明和4)...
2009年05月29日
山口 昌伴
やまぐち まさとも
建築家・道具学会会長
今の住まいは戦後の住宅難解消のために生まれた集合住宅に影響を受けすぎていると山口昌伴さん。土間を再評価して通り庭をつくったり、軒の出を深くしてベランダに風呂をつくったりすることで、暮らし方も、水とのつき合...
2009年05月29日
日本が貧しかった1950年代、我が家の水まわりは、まさしく貧弱、非衛生、不便性そのものだった。水道は共同栓で外にあり、そこから汲んで土間の台所の甕に溜め、柄杓にすくい、流し台で料理に使った。ご飯は釜に薪で...
2008年12月26日
鳥越 皓之
とりごえ ひろゆき
文学博士 早稲田大学人間科学学術院教授
日本の水意識は、古くまで遡ると東アジア一帯にルーツを持っていたようです。経済成長や水道敷設などによって、日本の水環境は激変しました。その急激な変化によって生じた歪みは、今、見直しが迫られています。地元の人...
2008年12月26日
沖 大幹
おき たいかん
東京大学生産技術研究所人間・社会系部門教授
スペイン・サラゴサでの万博で、「水と共生する日本人ー智慧と技ー」をテーマに掲げた日本館。豊かな水資源に恵まれて、智慧と技を育んできた日本の文化は少ない水をやり繰りする国の人々に、何を示唆できるのでしょうか。
2008年12月26日
須知 裕曠 すち やすひろ
NPO法人「大阪・水かいどう808」の808は、大阪八百八橋の808。東京はオリンピックを契機に町が激変したけど、大阪でまち並みや暮らしが変わったのは万博から。僕の子供時代は、まだまだ大阪でも自然が残って...
2008年12月26日
古賀 邦雄
こが くにお
水・河川・湖沼関係文献研究会
我が国は縄文時代から今日まで米づくりに勤しんできた水田稲作農耕民族である。米の増産には水田開発が欠かせない。その水田開発には水利施設の充実が重要な位置を占めているが、そのために、まず治水を図ることであった...
2008年12月26日
編集部
近頃、「共生」という言葉が花盛りだ。試しにインターネットで検索してみたところ、748万件にヒット。1985年(昭和60)ごろから本のタイトルにも使われ始め、1990年代に入ると爆発的に増える。本来、生物学...